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自動車に関する交通安全や交通計画の面では、広範な分野におよぶ多様なレベルの研究が展開されています。これに対し、自転車に特化した取り組みとなると、国内はもちろん、海外でもそれほど多くはなされていないのが実情といいます。 そうした中で、複数の研究者が自転車に着目し、それぞれの専門分野から研究を重ねつつ連携するユニークなプロジェクトが実施されています。 今回ご紹介するのは、徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部(工学部建設工学科都市デザイン研究室)。その中でとくに、山中英生教授が指導する「交通チーム」に焦点を当てます。 同氏は、自転車を中心とした交通計画に関する研究で豊富な実績を誇るとともに、公益社団法人土木学会では自転車空間研究小委員会小委員長を務めるなど、わが国の当該分野をリード。学内外のネットワークや情報通信技術(ICT)を駆使し、精力的な活動を続けています。 取材にあたっては、同大学院1年先端技術科学教育部都市デザイン研究室所属の井上賢氏にもご協力いただき、自転車シミュレータを使った実験の様子が再現されました。
「今回の研究が始まった背景には、国が新たに全国98ヵ所のモデル地区を指定し、自転車走行環境を向上するための道路整備プロジェクトを始めたことがあります」 国交省と警察庁は2007年度、自転車利用ニーズが高まる一方で、とくに自転車と歩行者が関係する交通事故が急増していることに対処。その安全性向上に向け自転車利用環境を見直すため、問題点を調査し、中・長期にわたる計画的な環境整備の推進体制を確立。併せて、自転車走行空間を戦略的に整備する上で模範となるモデル地区を指定しました。 ただ、わが国では自転車に関する工学的研究が遅れていたことから、一連の自転車施策を受け、土木学会は土木計画学研究委員会内に自転車空間研究小委員会を設置。自転車の利用空間のあり方について工学的立場からの提言を目指すことになりました。同小委の活動の一環として、国交省との共同研究「自転車等の中速グリーンモードに配慮した道路空間構成技術に関する研究」(研究代表者:山中英生教授)はスタートしています。 同共同研究は、中速交通の役割を踏まえ、その利用を支える空間構成やルール、情報提示といった道路空間システムに関する技術体系の構築を目的としたもの。研究体制は、道路政策の体系面から迫る政策分析WG(東京工業大学・屋井鉄雄教授および大阪市立大学・吉田長裕講師)、交通の共存性の面から道路空間構成の整備を目指す評価分析WG(茨木大学・金利昭教授)、道路環境の情報伝達性に注目する情報伝達WG(山中英生教授)―の4氏を中心とする3WGから構成。2008年度から3ヵ年にわたり、海外の現地調査を交えながら各WGが収集・分析して得た知見の共有とそれに基づく指針の提案に繋げています。 そのうち山中英生教授自身が主導した情報伝達WGでは初年度、自転車用サインのチェックを行っています。たとえば、自転車が高速で走行した場合、路面マークをある程度縦長にしないと本来の形に見えません。そこで、法定サイズの自転車マークと、それとはサイズや形の異なる複数のマークをカーペットで作成。それらを徳島大学構内の実験用路面に設置。自転車で走行する被験者にマークの何mか手前で右左折してもらい、そのマークが何だったかを尋ね、どのサイズもしくは形であればどのぐらいの距離から見えるか、といったことを確認しました。 翌2009年度は、単体の路面マークのみでは自転車利用者が見落としかねないとの観点から、マークを連続して配置する方法を考案してどのぐらいの間隔が適切かを探る実験を実施。国道192号・徳島駅前の分離柵が設置された自転車通行帯に中央線を配し、さらに各方向を示すカラー連続型路面マークを設け、それぞれの効果を確認しています。
共同研究では現地にサイン板を置くなどして視認性を確認。そうした試みを通じ、多くの種類について実験することができないなどの制約も顕在化。「シミュレータを使う方法はどの程度可能性があるだろうか、といったことが去年ぐらいから話題になっていました」 そのような中、科学研究費補助金の対象プロジェクトとして「自転車の視点特性を考慮した情報提示技術の開発に関する研究」(山中英生教授代表)が2010年度に3ヵ年の予定でスタートしました。 これは、自転車走行中の注視点分析を導入した実験により、各種サインのサイズや掲出間隔の違いによる見込み角、あるいは視認時間が自転車視認に与える影響を明らかにし、自転車利用環境に適した情報提示の基準となる知見を得ることが狙い。その具体的なアプローチの一つとして、アイマークレコーダーや頭部姿勢センサーとともに、多様な実験条件を構築可能なドライブシミュレータ(DS)を用いる実験システムを導入し、自転車利用者の視認特性を明らかにすることが位置づけられました。 「(DSを採用する)一番の契機となったのは、多彩なバリエーションのサインについて実験を行いたいということでした」。 たとえば、どのぐらい近づいたらサインの内容が分かるかという実験では、特定の地点でサインが瞬時に消える状態を設定する仕掛けや注視時間のコントロールが必要。しかし試行錯誤する中で、いずれも現地での実験では難しいとの結論に達していました。 一方、卒業後、フォーラムエイトに就職した学生が在学中、3次元リアルタイムVRソフト「UC-win/Road」を一時使用していたことがあり、山中英生教授はその可能性に以前から注目していたといいます。 ただ、今回プロジェクトにあたり、限られた予算の中でUC-win/Roadによるシミュレーションとプローブバイシクルから得る情報をどうリアルタイムに連携させるか、次いで、目線が高く、かつ地面まで見えるという自転車の特性に即した画像の表示方法をどうするかが大きな課題となりました。そこで、前者についてはさまざまな模索を経てゲームコントローラの改造により対応、後者については3面スクリーンを使うこととし、2010年5月末頃からUC-win/Roadをベースとする自転車シミュレータの開発が着手されました。 ちょうどその頃、同氏らは同プロジェクトと並行して、自転車観光案内サインに関する奈良県との共同研究にも取り組んでいました。その中で架空看板や看板柱、路面表示(矢羽根やピクトほか)の有効性を確認する必要があり、UC-win/Roadで現地のシミュレーションデータを作成。実験の時点(12月中旬)ではまだ自転車との連携が完成していなかったため、各種タイプのサインが設定された動画を被験者に見てもらい(一部被験者はアイマークレコーダーも着用)、視認性を確認。その後の追加実験(12月末~2011年1月)では開発した自転車シミュレータを使い、視認性を改善させたマークの比較も実施しています。
UC-win/Road導入の直接的な契機となった科研費のプロジェクトでは今後、自転車の誘導・制御に有効なマークセットの開発を目指す。その際、場面に応じて変わるサインに従い、自転車利用者が走行してくれるかどうか、自転車シミュレータを使って確かめることが予定されています。「奈良県との共同研究に限らず、自転車に関してはさまざまな道がある上、人によって走行したい速度も異なるため、それらに応じたタイプのサインを開発していく必要があります」。 そうした多様なサイン、あるいは事故が起きそうな危険な状態を実験用に再現するためにはシミュレータでなければ難しい、と山中英生教授は述べます。その意味でUC-win/Roadは、カスタマイズ用の開発キット「SDK」が提供されるなどオープンなシステムであり、今回システム用のシミュレーションデータも1回講習を受けた一人の学生が3週間程度で一通り作成できたことから、さらなる可能性にも期待を示します。 とはいえ、自転車の安全性に関する研究はまだそれほど広がっていない面もあります。そこで同氏は、シミュレータによる実験と現場での実験をうまく組み合わせていくアプローチの重要性を説きます。「そうした先で、自転車の研究そのものが進展するきっかけになるものと自負しています。」
(取材/執筆●池野 隆) |
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