連載 Vol.4

吉川 弘道東京都市大学 名誉教授

早稲田大学理工学部卒業、工学博士、コロラド大学客員教授(1992-3年)。専門は耐震工学、地震リスク、鉄筋コンクリート。土木学会論文賞、土木学会吉田賞他受賞。著書に『都市の地震防災』(フォーラムエイトパブリッシング)他多数。現在、インフラツーリズム推進会議議長を務めるほか、「魅せる土木」を提唱。‘土木ウォッチング’、‘Discover Doboku’を主宰。土木広報大賞2019(土木学会)準優秀部門賞(イベント部門)受賞。

Episode9

九州新幹線は堅牢優美な駅舎が魅力
― 最先端の駅舎をファサードで語りたい ―

■施設データ:九州新幹線
(とくのやまはっとくばし)(岐阜県)
整備新幹線計画の一つで、2004年に開業。鹿児島ルート(全線開業)と西九州ルートがある。鉄道・運輸機構が建設し、JR九州が運営。山陽新幹線との相互直通運転も始まっている。

1964年(昭和39年)10月1日、“夢の超特急”東海道新幹線は、東京オリンピックの開会式を同月10日に控え、華々しく開業した。広軌弾丸列車は50余年が経過したが、世界が競う高速鉄道の先駆けでもあった。

時は流れ平成後期には九州新幹線が開業したが、ここでは当時話題となった最先端の駅舎、新八代駅[Photo1]と新鳥栖駅[Photo2]を紹介したい(開業当初の画像である)。

1 新八代駅(熊本県八代市 平成16年開業)

2 新鳥栖駅(佐賀県鳥栖市 平成23年開業)

いずれも堅牢にして優美な駅舎であり、当初より新時代を予感させるデザインであったことは間違いない。さらに、そのデザインに際してはコンセプトを設定し、ユニバーサルデザインも必須要件であった。加えて、「ファサードには、“球磨川のおおらかな流れ”を表現(新八代駅)」、「鳥の翼をイメージしたやわらかな曲線と3 本ラインで躍動感・スピード感のある表現とした(新鳥栖駅)」など、ファサード(建物の正面デザイン)の意図が真剣に語られていた。土木技術者には、何か新鮮な響きを与えてくれたことも記憶に新しい。

さて、新幹線と言えば、次々にデビューする新型車両が人気の的。しかし、一方では、どんな時代にあっても、安全快適な高速鉄道システムを下支えするのは鉄道インフラである。各駅のファザードは、100年の間変わることなく地域を見守ることになる。

【画像・資料】
エスエス・安井建築設計事務所

【参照サイト】
安井建築設計事務所
https://www.yasui-archi.co.jp/works/detail/561166/index.html

Episode10

東西交通のダイナミズムを体現する薩埵峠
― 絵師歌川広重の愛した眺望 ―

■構造物データ:東海道 薩埵峠(さったとうげ)
江戸時代の絵師広重の描いた由比 薩埵嶺は、霊峰富士と駿河湾を一望し、近景には、急峻な峠を越える旅人の姿が小さく見える。現代は海岸線に沿って大交通路が開け、近隣の展望台が撮影スポットとなっている(アクセス道路は道幅が狭いので要注意)。

静岡県静岡市に位置する薩埵峠(さったとうげ)は、五十三次の宿、由比と興津の間に立ちはだかる。この東海道の難所は、江戸時代の絵師歌川広重が描く浮世絵にも登場する[Photo1]。左上の断崖絶壁には、富士山を仰ぎ駿河湾を眺めながら、恐る恐る峠を超える3人の旅人が描かれている。遠景と近景を見事に描き出した、広重の傑作である。

1 「東海道五拾三次之内 由井 薩埵嶺」
都立中央図書館特別文庫室所蔵

時は移り、東西交通の難所は、東名高速道路、国道1号線、JR東海道本線が併走する交通の要衝として様変わりする[Photo2]。鉄道と道路の交通インフラが高度に整備され、1年365日休む暇なく稼働する[Photo3]。資料によれば、海岸線に沿って交通路ができたのは、江戸時代後期の安政の大地震(嘉永7年, 1854年)による海岸隆起が起きてからとのこと。

2 東名高速道路/国道1号線/東海道本線の交通インフラが併走する 【提供:林直樹氏】

3 幾重もの光彩が交錯する日本の動脈 【提供:林直樹氏】

24時間稼働する東西の大動脈を担う東海道の様変わりは、これらの写真が如実に語る。200年ほどの時を超え、頼もしいかな大容量の交通インフラが下支えする我が国の経済発展を象徴している。江戸時代から連綿と続く東海道の要衝は、東西交流のダイナミズムを体現するが、遠方に鎮座する霊峰富士が、幾久しくそして優しく見守っている。

【参照サイト】
都立中央図書館「TOKYOアーカイブ」
https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00008149
しずおか観光情報 駿府静岡市
https://www.visit-shizuoka.com/gokuraku/content.php?t=8
薩埵峠(ハイキングコース)
https://www.visit-shizuoka.com/spots/detail.php?kanko=314

☆追伸:江戸時代の難所薩埵峠は、現代にあってはハイキングコースに様変わりする。陸海山の長閑な景色と東西交通のダイナミズムを堪能することができる。

Episode11

稚内港北防波堤ドーム
― 北海道庁技師土谷実の偉業が令和に生きる ―

■施設データ:稚内港北防波堤ドーム
土木学会選奨土木遺産HPより引用:http://www.jsce.or.jp/contents/isan/blanch/1_5.shtml
・海陸の連絡を波飛沫から防護する類例のない設計であり、原型保存に徹した復元と補修で次代へと受け継がれるドーム型有覆防波堤
・建設年:昭和 11年/同55年復元、・平成15年度選奨土木遺産

1 ライトに浮かび上がる北防波堤ドーム【提供:NPO法人北海道遺産協議会】

日本最北端の地、北海道稚内。そこには、当地の繁栄を支えた稚内-樺太大泊間稚泊航路(ちはくこうろ)の歴史を語る巨大な建造物北防波堤ドームが現存する。稚内港の築港計画は大正期に始まるが、このドームは、昭和11年(1936年)航路の港湾施設として誕生した。

現在、コンクリート製の半アーチ式ドームは80余年の星霜を重ねたが、原型保存と補修/補強により、防波堤として現役を貫いている[Photo1], [Photo2]。平成期に入り、北海道遺産および土木学会選奨土木遺産に選定されている。

2 ドーム型屋根と70本の柱列に支えられた回廊【提供:NPO法人北海道遺産協議会】

当時26歳の北海道庁の技師土谷実が設計した堅牢瀟洒なドームは、古代ローマの柱回廊、重厚なゴシック建築など様々な麗句にて紹介されている。70本のエンタシス柱に支えられた427mに及ぶ直線回廊は当初乗降客用の通路であったが、[Photo2]を見て頂きたい、極寒の地に静謐な内空間を創出していることも付記したい。

なぜこのような設計を敢行したのか。俊英土谷技師の設計意図が、いくつかのWEB サイトにて紐解かれている。
この稚泊航路は終戦直後に廃止されたが、ドームの南側に建立された記念碑が、栄光と苦難の稚泊航路の歴史を伝えている[Photo3]。そして、令和期まで受け継がれた北防波堤ドームは港湾施設として機能する一方、観光スポット、CMやTVドラマなどのロケ地としてもよく知られている。

3 昭和45年に建立された稚泊航路の記念碑

戦前の誕生から、昭和・平成・令和にわたる港湾建造物のクロニクル(年代譜)として、次世代に伝えたい土木の物語である。そして、原型保存に携わった多くの方々にも感謝したい。

Episode12

横浜ベイブリッジが豪華客船を丁重に出迎えた
― 巨大エンジニリングの傑作は何か言葉を交わしている ―

■構造物データ:高速湾岸線 横浜ベイブリッジ
・橋梁形式:3径間斜張橋
・橋長860m、中央径間460m、
主塔の高さ(海面上)175m
・供用開始:平成元年9月27日
・道路構造:上層/首都高速道路、下層/国道357号線

それは、2014年3月16日の出来事であった。世界を周遊する豪華客船クイーン・エリザベス号が横浜ベイブリッジの中央支間直下を通過して[Photo1]、初めて横浜港に入港した。

1 横浜港には多くの人たちが集まり、クイーン・エリザベス号を出迎えた

次の掲載写真[Photo2]をよく見ていただきたい。豪華客船が干潮時を狙い、ベイブリッジの直下をぎりぎりでくぐり抜けている。横浜港周辺には多くの人たちが集まり、この歴史的瞬間に固唾をのんで見守った。当時のThe PAGE (Yahoo!ニュース)の記事によれば、クイーン・エリザベス号の高さは56.6m。これに対して横浜ベイブリッジの高さが55mで、潮位が下がる時間に合わせ、橋梁すれすれで通過したとのこと。

2 横浜ベイブリッジを通過するクイーン・エリザベス号【提供:林直樹氏】

多くのメディアの関心は、主役としてのクイーン・エリザベス号に向けられていたが、土木技術者としては、横浜港に四半世紀鎮座するベイブリッジが、数千人のお客様を丁重に出迎え、そして安全に見送ったと考えたい。

もう一度この写真をよく見ていただきたい。傑出したエンジニアリングの両雄が、“動と静に分かれて邂逅”した瞬間であり、何か言葉を交わしているようにも見える[Photo3]。造船工学と橋梁工学の異なるエンジニアリングの傑作が、堅牢瀟洒な建造物を称え合い、そして長きにわたる安全な運用を誓っているのではないか。

3 エンジニアリングの両雄が言葉を交わしているようにも見える【提供:林直樹氏】

吉川 弘道 氏 関連サイト

Discover Doboku 日本の土木再発見 https://www.facebook.com/DiscoverDoboku

土木ウォッチング -インフラ大図鑑- https://www.doboku-watching.com/

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(Up&Coming '21 新年号掲載)