「東京オリンピック・パラリンピック直前!大人のための社会派オリンピック映画、東京オリンピック記録映画特集」

東京オリンピック・パラリンピック開催直前の今。いつもなら「祭典」というよりも「お祭り」気分で開催を心待ちにする時期なのですが、今回は新型コロナウイルスの影響により、延期・中止を求める声や開催の意義など、オリパラについて多面的な議論が行われています。

今回はこのような時勢を契機に、若者が青春スポ根一直線で突き進む映画ではなく、大人が主人公で社会派のオリンピック映画を取り上げます。また、オリンピックごとに製作される記録映画についても触れ、1964年版と今年製作予定の記録映画から、東京やオリンピックの描かれ方の今昔を探ります。

大人のための社会派オリンピック映画

国・人種・宗教の違いを乗り越え「ワンチーム」となる!

「炎のランナー」

1924年パリ・オリンピックが舞台で、実在したイギリスの陸上チームを描いた本作。ワールドカップではイングランド、スコットランドなど別々となりますが、オリンピックはイギリスという1つの国として出場するのです。

主人公のエイブラハムはユダヤ人で人種差別に遭い、エリックはスコットランド人で厳格なキリスト教のため、日曜日に開催される100m決勝に出場できない(安息日のため)など、国・人種・宗教の違いがありながらも一致団結しオリンピックで戦う物語。余計な説明を排除し、ドキュメンタリータッチに仕上げている点もリアリティを増幅させます。

「炎のランナー」
 イギリス映画 上映時間:123分 公開年:1982年

監督:ヒュー・ハドソン
出演:ベン・クロス、イアン・チャールソンほか
見所:選手が浜辺を走る場面で流れるヴァンゲリスの音楽はあまりにも有名


フィギュア史上、最も衝撃的な事件の真相とは?

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」

フィギュアは華々しいイメージがありますが、過去に衝撃的な「事件」がありました。アメリカのオリンピック選考大会にて、ナンシー・ケリガン選手が何者かに膝を殴打され欠場。犯人として捕まったのは、なんと同じ大会に出場していたトーニャ・ハーディングの元夫やその友人たち。

トーニャは何の証拠もないまま、「ライバルを蹴落とすための犯行」などと世間から揶揄されます。本作では、トーニャの人生を子供時代から描き、事件に至る背景を立体的に可視化します。今作を観て、トーニャと事件の真実を知ってください。

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」
 アメリカ映画 上映時間:120分 公開年:2017年

監督:クレイグ・ギレスピー
出演:マーゴット・ロビー、アリソン・ジャネイほか
見所:テレビやマスコミが描かない壮絶なトーニャの人生が明らかに


『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』 ブルーレイ・DVD発売中、各動画配信サービスにて配信中

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サスペンスに急転する戦慄スポーツドキュメンタリー

「イカロス」(Netflix)

映画作家ながら自転車レーサーでもあるブライアン・フォーゲルが主人公で「どの量ならドーピングテストをパスできるのか」という仮説を自分の身体で実証していく物語です。

世界的に有名なドーピングのスペシャリストであるX氏の指導により、人工的肉体改造を続ける主人公。しかし、2014年ソチオリンピックで集団ドーピングが報道されると、突然X氏と連絡が取れなくなり、消息不明となってしまいます。アスリートとドーピングの関係という社会派ドキュメンタリーだったはずが、突如サスペンス映画に変貌してしまうのです。筋書がないドキュメンタリーだからこそ、何が起こるか分かりません。X氏に何が起きたのか。戦慄する実録スポーツサスペンスを、固唾をのんで見守ってください。

「イカロス」
 イギリス映画 上映時間:121分 公開年:2017年

監督・出演:
ブライアン・フォーゲル(自転車選手兼映画作家)
見所:事実は小説より奇なり。筋書きのないドラマを見逃すな!


東京オリンピック記録映画

オリンピックと記録映画の関係

あまり話題にはなりませんが、オリンピックでは大会ごとに公式の記録映画(ドキュメンタリー)が製作されます。1912年のストックホルム大会から製作され続けており、各国の著名な映画監督が担当することもあります。

1964年は、国内外で物議を醸した芸術作品が誕生

1964年の東京オリンピックでは、「ビルマの竪琴」や「犬神家の一族」などで著名な市川崑監督が担当しました。しかし、今作は試合結果や大会全体の様子といった「記録」ではなく、選手や市民の心情、オリンピックの存在意義などを盛り込み、記録映画にも関わらずドラマ性やテーマ性を持たせ、「芸術か記録か」と大論争を巻き起こしました。

冒頭に「オリンピックは人類の持つ夢の表れである」と表示され、直後に映るのはオリンピックのために壊されていく東京の街。スローモーションや超広角レンズ、ローアングルやクローズアップで選手を写し、ナレーションや説明も皆無のため、記録性を犠牲に芸術性だけが高まる結果に。

しかし、今作は単に「芸術」の一言では説明できません。一見癖のあるカメラワークも、選手や市民の心情を写すためであり、その中にドラマを見出そうとしたのです。体操のシーンで、黒い背景に選手が一人写され演技をする様子はまさに「夢」でも見ているような美しさ。また、沿道で応援する一般観客をもクローズアップし、存在感を与えます。

さらに、最後には「(オリンピックに対し)この作られた平和を夢で終わらせていいのだろうか」と文字が出て終わり、オリンピックの原点である「平和の祭典」を強く意識させる問いかけを行います。

余談ですが、市川崑に強い影響を受けた庵野秀明は、市川監督と全く同じような編集・文字フォントを愛用しており、現代にも市川崑の作風が受け継がれています。

「東京オリンピック」
 日本映画 上映時間:170分

総監督:市川崑 
撮影:宮川一夫
見所:オリンピックの原点に立ち返り、「夢」や「平和」とは何かを問いかける芸術作品


今回の東京オリンピックで、河瀨直美監督は何を写すのか?

今回は、河瀨直美監督が記録映画を担当します。河瀨監督は劇映画が中心で、「殯(もがり)の森」ではカンヌグランプリ、世界に知られる名監督です。人の心情や内面を描き出す監督であり、私個人としては市川崑監督と同様、単なる記録映画に「なるはずがない」と予想します。

河瀨監督は著名になった今でも素朴で自然、リアリティを徹底した作風で知られています。役者にはカメラが回っていない時でも役に関する体験を行わせる「役積み」という演出が取られ、実在感のある劇映画に仕上げ、演出を演出と思わせない作風が見事です。

また、一貫したテーマとして、「目には見えない光が、人と人をつなぐ」ことを描いています。他人にはない得意なこと、美しいこと、誇れるもの。誰しもが持っている、目には見えない一筋の光を映画で可視化します。同監督の作品「あん」の樹木希林や「光」の永瀬正敏などは、苦境に立たされながらも生きがいを見つけ、新たな人とのつながりを持つ主人公であり、河瀨監督の「光」を象徴する存在のような気がします。

今作に関するインタビューでは「今の時代、人と再びつながるために、スポーツは最初の光となれば良い」と語っており、「人とのつながり」と「光」を強調しています。どのような記録になるのか、いや、どのような「作品」になるのか、これから楽しみです。

(Up&Coming '21 盛夏号掲載)