佐賀県は、香川県、大阪府、神奈川県、東京都に次いで、全国で5番目に面積が小さな県だが、珍しいことに県内だけを流れる一級河川が二つもある。そのうちの一つが本稿で取り上げる六角川である。本川は長崎県との県境に位置する神六山(標高447m)の麓、武雄市西部にある矢筈ダムに源を発し、概ね東流して最下流域で大きな支流の牛津川を合わせて有明海に注ぐ。六角川という名前は、現在の白石町の六角神社に由来すると思われる。
昭文社刊の「佐賀県道路地図」を見れば明らかなように、武雄市北方のJR北方駅から東西約14.5km、南北約2.5kmの牛津川との合流点までの間で5回以上の見事な蛇行を繰り返している。上流域(水源からJR北方駅付近まで)は流長が約31km、高低差が約440mで平均勾配は1.4%(1/7)程度であるが、中~下流域(JR北方駅付近から河口まで)は流長が約16km、高低差が約7mで、平均勾配は0.044%(1/22)と極めて緩い。河口部は干拓地で、海抜は0m前後である。有明海の干満差は約6mと日本でも最大級であるため、六角川では河口から30km付近にまで海水が遡上する。
先に述べたように、地図で見るとJR北方駅付近から見事と言う他に言葉がない程に蛇行している。これだけ蛇行していれば、いわゆる三日月湖ができても不思議ではない。河川は直流する性質を持っており、直流する本流に取り残された蛇行部によって形成されるのが三日月湖である。しかし六角川水系にこれまでに三日月湖が存在したという証拠は見当たらない。おそらく三日月湖ができる条件(河川が持つエネルギー、地形的な条件)を満足していないのであろう。
図1 六角川流域概要図(出典:武雄河川事務所「六角川について」)
図2 六角川の蛇行の様子(出典:国土交通省「六角川 日本の川 |九州の一級河川」)
六角川流域の水害と治水事業
六角川流域は現在に至るまで何度も水害を経験している。その歴史を治水事業の展開とともに概観しよう。
1958(昭和33)年には、国の直轄事業として川幅の拡幅、堤防の新設および改築が進められた。その後も治水事業は続けられたが、1980(昭和55)年の洪水は5000戸近い家屋の浸水など、流域に甚大な被害をもたらす。そのため「直轄河川激甚災害対策特別緊急事業」(激特事業)を採択し、全流域において計画高水位まで堤防を嵩上げするなどの整備が行われた。
1990(平成2)年7月には観測史上まれにみる短期間の集中豪雨が発生し、観測史上最大の水位を記録。堤防からの越水や堤防の決壊など大きな洪水被害があった。これを受け、2度目の激特事業を採択。1990(平成2)年から1995(平成7)年3月にかけて、幅の拡幅工事、排水機場の増強を行い、また牛津川中流における牟田辺遊水地の建設(2002年に完成)も実施された。
六角川流域全体の約6割が内水域であり、有明海の潮汐の影響などもあるため増水時の自然排水は困難である。このため、堤内(農地や住宅地のある側)から堤外(川側)へ強制排水する排水ポンプ場の設置が進められてきた。現在、六角川と武雄川を合わせて36ヶ所、牛津川で24ヶ所に設置されており、排水能力は合わせて約360m3/sである。
2019(令和元)年8月26日から29日にかけて九州北部地方を襲った記録的な大雨は「佐賀豪雨」と呼ばれている。この豪雨の影響で、六角川水系でも武雄市、大町町、江北町、白石町の低地部で浸水が起こり、およそ3000戸近くが被害を受けた。また、大町町にある鉄工所では油槽が浸水し、付近に大量の油が流出した。この災害を受けて取りまとめられたのが「六角川水系緊急治水対策プロジェクト」である。国と県が連携し、およそ5年をかけて河道の浚渫、排水機場の新設と増設、新たな遊水地の設置などの治水対策を行う計画で、これは3度目の激特事業として実施された。
しかし、2021(令和3)年8月にも線状降水帯による記録的な大雨が発生。内水停滞、さらには武雄市橘町付近で起こった氾濫のため、武雄市、大町町などでは甚大な浸水被害となる。このとき、上記の激特事業はすでにおよそ8割の施工が完了していたのだが、さらなる対策が必要であることを示す結果となった。
上述のように、六角川流域の洪水被害をなくすことは、堤防を高くすることで防ぐ事ができる暴れ川に比べ極めて困難であると言えるだろう。
図3 平成2年7月の水害状況(出典:国土交通省「六角川 日本の川 |九州の一級河川」)
<主な参考資料・画像出典>
1)武雄河川事務所「六角川について」
http://www.qsr.mlit.go.jp/takeo/rokkakugawa/index.html
2)武雄河川事務所「令和元年8月豪雨の概要」
http://www.qsr.mlit.go.jp/takeo/rokkaku_project/r0108_gouu.html
3)武雄河川事務所「六角川水系緊急治水プロジェクト」 http://www.qsr.mlit.go.jp/takeo/prepare_bousai/rokkaku_project/index.html
4)防災科学技術研究所 自然災害情報室「令和元年8月の前線に伴う大雨」
https://dil.bosai.go.jp/disaster/2019_disaster/20190828_saga_rain.html
5)国土交通省「六角川 日本の川 | 九州の一級河川」 https://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/0918_rokkaku/0918_rokkaku_00.html
(Up&Coming '23 秋の号掲載)