はじめに
福田知弘氏による「建築と都市のブログ」の好評連載の第10回。今回も、福田氏がユーモアを交えて紹介する都市や建築。この3Dデジタルシティ・モデリングにフォーラムエイトVRサポートグループのスタッフがチャレンジします。どうぞ、お楽しみください。
Vol.10
ストラスブール:トラムとまちづくり
大阪大学大学院准教授福田 知弘
プロフィール
1971年兵庫県加古川市生まれ。大阪大学准教授、博士(工学)。環境設計情報学が専門。CAADRIA(Computer Aided Architectural Design Research In Asia)国際学会 フェロー、日本建築学会 情報システム技術委員会 幹事、NPO法人もうひとつの旅クラブ理事など。著書に、VRプレゼンテーションと新しい街づくり(共著)、はじめての環境デザイン学(共著)、夢のVR世紀(監修)など。ふくだぶろーぐは、http://fukudablog.hatenablog.com/
欧州の首都
フランス北東部、ライン川左岸に位置するストラスブールは、アルザス地域圏の首府であり、人口は27万人ほど(都市圏全体では45万人)。古来より交通の要所として栄え、中世以後はドイツとフランスが幾度となく領有権を争った。現在は、欧州議会、欧州評議会、欧州人権裁判所などの国際機関が立地する。イル川に囲まれた周囲2kmほどの島状の区域には歴史的市街地が残されており、ユネスコ世界遺産として登録されている。【図1】は、CUS(Communaute' Urbaine de Strasbourg:ストラスブール広域自治連合体)で展示されている都市模型。手前を横切る水色の帯がドイツ国境にあるライン川。中央上部の最も密集度の高い茶色の建物群が歴史的市街地。
【図1】ストラスブール都市模型(右が北)
ストラスブールは、「公共交通とまちづくり」というテーマが挙がった時に、必ずといっていいほど紹介される都市である。トラム(日本ではLRTと呼ばれる、新型路面電車とその交通システムを指す)を都市整備の道具として活用し、都市空間の再分配を成功させ、都市の新しい風景を創出している。筆者が現地訪問したのは2007年秋。トラムはそれ以降も順次整備されており、2010年秋にはF系統が新たに開通している。
さっそくトラム
ストラスブールに着くや否やトラムに乗車する。人々がトラムを利用したくなるようなデザイン。意匠的に格好良いというだけではない。例えば、全低床式車両へのこだわり。電停と車両の床がほぼ同じ高さとなる。車内移動もスムーズ。バリアフリーと聞くと高齢者や身体障がい者のためのデザインというイメージがあるが、実際にはベビーカーを押すファミリー世代、重いスーツケースを携える旅行者、自転車利用者もよく似た境遇。そして、大きなガラス窓とドア。シートに座ると、通りを歩く人と同じ目線になる【図2】。まるで街を歩いているような錯覚に捉えられる。トラムは、都市の水平エレベーターだ。
【図2】水平エレベーターと感じる瞬間
トラムには、ホームで切符を買いレコーダーに通してから乗車する。欧米ではこのような信用乗車方式が一般的であり、先払いゆえ近くのドアから降車できるなど、日本とはシステムが異なる。こうなると、無賃乗車もできそうだが、不正乗車チェックをスタッフが頻繁に行っており、見つかると高額の罰金が科せられる。
交通結節点となるトラムの電停には必ずバスが連絡している。【図3】はD系統の始発駅「Rotonde」。トラムのホームの反対側はバスのホーム。そして、奥にはパークアンドライド(P&R)用に整備された駐車場と、スムーズな乗り換えが可能。ストラスブールでは、P&R推進のための様々な工夫がなされている。例えば料金体系は、都心部での駐車料金が1時間1.5ユーロ程度であるのに対し、郊外駐車場は1日5ユーロ程度。またP&R利用者には乗車人数分のLRT往復チケットがもらえるそうだ。このような、料金やサービス面の明確な違いが、人々をP&Rへと誘導する。
【図3】Rotonde駅
臍と緑とザハ
ストラスブールは、ヨーロッパの臍(ヘソ)といわれるが、ストラスブールの臍は、トラム整備によって新たに完成したオム・デ・フェール(Homme de Fer)。この広場にはトラム全6系統のうち、 系統以外の5系統が乗り入れ、南北の系統と東西の系統も交わる。トラムはひっきりなしにやってくるが、着く度に人がどっと入れ替わる。円形のガラス屋根シェルターは、トラムや電停のデザインと統一されており、単なる交通結節点ではなく都市のランドマークとして機能している【図4】。
【図4】Homme de Fer駅
都心部は、自動車による環境の悪化を防ぐため、公共交通以外は通れない歩行者専用道路となっている(トランジットモール)。トラムが通らない時は、道路が大きな広場になり、人々に潤いを与えてくれる。正に人が主役のまちづくり。自転車道も400km以上整備。但し、ストラスブール市は自動車を完全に排除している訳でなく、都心部に流入する自動車を少なくしようと考えた政策。都心部の住民については、市役所が住民に対して登録証を発行することで区域内に駐車を許可している。郊外に出ると自動車はよく走っている。誤解なきよう。
トラム軌道の舗装について。都心の歴史地区ではヨーロッパらしい石畳舗装が中心。しかし、一歩歴史地区から抜け出すと青々とした芝生軌道に出会う。芝生軌道は、最初に計画されたA系統沿いに市民病院があり、トラムが発する騒音を最小限に抑えるために敷設された。結果、騒音軽減の他、景観面でも効果があって、市民の反響は非常に良かった。以後、芝生軌道を新設する際にクレームは出ていない。新しい軌道には、芝生のみならず街路樹が設置されているところも。
トラムB線の終点駅、「Hoenheim Gare」【図5】。フィーダーバスや国鉄と接続するターミナル駅。このターミナル駅のデザインはザハ・ハディッドによるもので2001年に完成した。造形的な大屋根が特徴的で、機能重視となりがちな電停のデザインとはひと味もふた味も違う。電停に加え、自転車駐車場、P&R 用駐車場も一体的にデザインされており、GoogleMap で「Hoenheim Gare」と検索すれば、上空から見た一体感がわかるゾ。
【図5】Hoenheim Gare駅
まちなか
トラム以外を。ノートルダム大聖堂は、建物の大きさだけでなく鐘の音もストラスブールのランドマークだ【図6】。1176年から1439年まで、350余年の歳月をかけて建造された。尖塔の高さは142mで中世に造られたものとしては最高。
【図6】ノートルダム大聖堂
ライン河の支流となるイル川。船に乗ると水面がぐっと近くなり、また違った風景に出会える。橋を渡る人々、自転車、トラムとの出会い。プティット・フランス地区には、水位調整のための水門が。水門では水位がみるみる変化してワクワク。【図7】の2 枚の写真で、乗客と壁との関係を見比べたら、水位の変化がおわかり頂けると思う。
【図7】イル川水門での水位調節
おわりに
滞在中、とんだハプニングが。フランス国鉄、パリ市交通公団、電力・ガス両公社などの主要官公労がフランス全土で24 時間の時限ストライキに突入。そのため、交通がほぼ全面的にマヒ。ストライキのデモ行進にトラムも立ち往生【図8】。実はこの日の夕方からドイツ方面に移動する予定で、朝から冷や冷やしていた。結局、ドイツ行きの列車は本数が減ったものの運行されており、何とかフランスを脱出できたのだが。
【図8】とんだハプニング、デモ行進
FUJII Intercultural代表・藤井由美氏には、ストラスブール市内の案内に加え、CUS で交通政策及び大型都市計画プロジェクトの総責任者であるAndre Von Der Marck氏にお会いさせて頂いた【図9】。Von Der Marck氏が、「公共スペースとは利害が対立する対面の場であることを最初から正面に据えることが重要。反対する人は必ず出てくる。その上でその公共スペースにおいて、どのような公益が求められているかを定義し、説明し、証明していくことこそが我々行政側の人間の仕事である。市民はディレクターや市長に会いたがっている。事業を決定するものが責任を持って市民に説明し、質問に答えなければならない。そうしないと意味がない。」と力強く述べられたことが心に残る。
【図9】Von Der Marck 氏(中央)と
3Dデジタルシティ・ストラスブール by UC-win/Road
「ストラスブール」の3Dデジタルシティ・モデリングにチャレンジ
UC-win/Roadによる3次元VR(バーチャル・リアリティ)モデルを作成したものです。まちづくりの軸として整備・活用されているトラム(LRT)を中心に、都市の新しい風景を表現しました。円形のガラス屋根シェルターが印象的なオム・デ・フェール(Homme de Fer)、バスターミナルとトラム停留所を併設し、造形的な大屋根が特徴的なターミナル駅「Hoenheim Gare」も忠実にモデル化しています。斬新なデザインのトラムの正面の景観や、歴史的な街並みを抜けるトラムの俯瞰、整備された自転車専用道など、公共交通を中心としたまちづくりを目指すストラスブールの都市空間を表現しています。
(Up&Coming '11 新春号掲載)