中学3年生の兄・礼智(らいと)さんと小学6年生の妹・恵梨(えりな)さんの幼少時から、週末になると何かしらの体験をするためほとんど外に出かけているような「子供時代」を三人で(時々夫も交え四人で)過ごしてきました。その際、子供たちが与えられた機会や環境を自由に楽しみながら、目一杯体験できることを重視。その一方で、子供たちの反応をよく観察し、それを基に次を決めるというアプローチを大事にしてきました。自ら特徴的と形容する子育ての一貫したスタンスについて、森下えみさんはそう振り返ります。
礼智さんが小学校入学以来、文字や文章を「書く」ことに困難を生じる「ディスグラフィア」に悩まされつつも、その中で最善の打開策を得るべく常に前向きに試行錯誤を重ねてきたえみさん。そうした一環として、夫の仕事の都合により東京から遠く離れた地方都市に滞在していた6年前、フォーラムエイトの3DリアルタイムVRソフトウェア「UC-win/Road」を使用するジュニア向けセミナー「ジュニア・ソフトウェア・セミナー」をネット上で見つけ、当時小学3年生だった礼智さんとともに参加。その翌年からは、小学1年生になった恵梨さんも加わり、以来二人のお子さんは同セミナーを毎年受講されてきています。
自然との触れ合い求めつつ、ディスグラフィアを巡る奮闘の日々
「私と夫が自然好きということもあり、二人(兄妹)とも小さな頃から毎週必ず海へ行っていまして、自然の中で育ったという感じです」
海に近く自然豊かな地方の中核市に滞在していた当時、二人のお子さんがそれぞれ1歳になる前から、えみさんは彼らを海に連れて行き、二人で遊ばせることが定例化。その間に、兄が水路などの構造物を砂で作ることに熱中し、妹が生き物に特別興味を示すというように、二人の異なる個性が次第に育まれ、時にコラボする過程も見守ってきた、といいます。
それが、礼智さんが地元の小学校入学後、以前から気になっていた「文字を書くことが苦手」な側面が顕在化。半年くらいしてノートに手書きする量が増えてくるに従い、書く速度が追い付かなくなってきて文字が錯綜。特に連絡帳を書き取れなくなったことから、学校と交渉して補助的なデジタルカメラの使用が許され、何とか最初の危機を凌ぎます。
ところが2年生になって手段の平等をより重んじる担任に変わると、当時は今日以上にディスグラフィアに対する社会的理解度が低かったことなどもあり、事態は一転。それまで許容されていたデジカメの使用はもちろん、様々な代替策も退けられてしまいました。加えて、ディスグラフィアの症状には個人差があります。礼智さんの場合、ゆっくりであれば少しは文字を手書きでき、時に「本当は書けるのでは」といった誤解を招きやすい面もありました。学校で叱責されることが重なり、礼智さんはストレスから心身の不調が常態化。試行錯誤する中で、かな入力より生理的に受け入れやすいというローマ字入力のパソコン操作を、えみさんは家庭で教え始めます。
一方、地域での症例が少ないとは言え、同じような悩みを抱える子供たちは国レベルで一定数存在するはずとの信念から、えみさんは学校や県と粘り強く交渉。これを受けて、県が独立行政法人国立特別支援教育総合研究所(特総研)にアクセスしたところ、従来型の紙と筆記用具の利用では効果的な対応事例が確認できず、僅か一例、当時最先端の電子黒板とタブレットの接続によって効果が得られたという報告が見つかったのです。それならば、とその年の秋、補助的なタブレットの使用許可を得るべく、礼智さんと両親の三人で学校と協議。学校側の懸念点が徐々に解消されてきた頃、それまでの担任が休職。後任の講師がICT(情報通信技術)に精通していたこともあり、2年生の後半からようやくタブレット持参が許されることになりました。
夫の転勤により礼智さんは4年生から都内の公立小学校へ転校。そこでも引き続きタブレットを使用できました。ただ5年生ぐらいになると作文の文字数が格段に増えてきたことから、家ではパソコンを併用して宿題に対応。学校でのパソコン使用について相談すると、同学年の全生徒や保護者に事情を説明した上で、学校備え付けのパソコン限定で併用も可能になりました。以前と比べ学校側の特別な計らいを得やすくなってきたとは言え、依然様々な制約があったほか、登校自体が困難な日々も経験しました。
そこで早くから本人の意思を尊重した中学校探しを展開。礼智さんの強い要望で現在通う私立学校に絞られた経緯もあり、自身にとってフィットした環境で学生生活を送っています。
一方、小学校入学を都内で迎えた恵梨さんは新たな環境でも多くの友だちに恵まれ、地方で過ごした幼少期と同様に自然を求めて活発に行動している、といいます。
子供たちの「経験の種」として様々な講座や活動に参加
「東京にいると、新しいことをいろいろ経験できるというのが最大のメリットかな、と思っています」
子供たちには「大量に経験の種を蒔く」との方針の下、東京へ戻ってからは交通の便を活かし、二人ともえみさんが張るアンテナに掛かった数々の講座や活動に参加。そのジャンルは多岐にわたり、そこでの二人の様子を見ながら、特に反応の強い分野は次により時間を割くといった子育ての仕方にシフトしてきました。その際、恵梨さんは兄とともに行動するため、小学校低学年から広範かつ専門的な取り組みにも触れる機会に恵まれた、と述べます。
そのような一つが、国立研究開発法人科学技術振興機構による「ジュニアドクター育成塾」。これは、小中学生を対象に理数・情報分野の学習等を通じ科学技術イノベーションをけん引する人材の育成を目指すもの。小学校の新5年生になる礼智さんが強く関心を寄せたのを受け、どうせなら恵梨さんも一緒にと応募したところ、揃って受講生に選抜され、礼智さんは2年間、恵梨さんは1年間の研究活動に取り組んでいます。
また、礼智さんは体調を崩しがちだった小学2年生当時、えみさんの知人からプレゼントされた本をきっかけにプログラミングに傾倒。4年生からはプログラミングを教えるスクールに通い始め、2年前からはそこで恵梨さんとともに学んでいます。その影響もあって「小学生ロボコン」のプレ大会(2018年)が開催された際、6年生の礼智さんはそこに応募し、そのメンバーとして活動。そして、やはり6年生の時、公益財団法人孫正義育英財団が募集する財団生に合格しています。さらに、中学1年生時の2019年には、公益財団法人日本科学協会の「サイエンスメンタープログラム」にも、高校生相当の選抜基準をクリアして採用されています。このように、小学校への登校に幾度となく困難を来した礼智さんでしたが、何事にもトライするえみさんに導かれるうち、自身の可能性を発揮する様々な機会を積極的に切り拓いてきています。
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2020年の恵梨さんの作品「東京スカイツリーと秘密の遊園地」(左)
2021年の礼智さんの作品「岩に守られた街」(右) |
「ジュニア・ソフトウェア・セミナー」への参加を契機に広がる可能性
このような森下さん親子がフォーラムエイトの「ジュニア・ソフトウェア・セミナー」に出会ったのは2015年。礼智さんが地方在住の小学3年生だった当時に遡ります。
えみさんが夏休みに子供たちと何をして過ごそうかと考え、音を聞いただけでどこの電車か分かる「音鉄」の礼智さんが好きな「鉄道」や、得意な「プログラミング」をキーワードにネット検索していたところ、「バーチャルな3次元空間を作ろう」と謳う当社の企画に遭遇。もう少し年長の子供向け内容かと思い問い合わせてみると問題ないとの回答を得、「VRなのに良いんだ」と喜び、恵梨さんを実家の両親に預けて母子で上京。数日間のセミナーに参加しました。
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参加当初のジュニア・ソフトウェア・セミナー |
同セミナーではまず、UC-win/Roadを使った3D空間の簡単な作成手順が説明され、実際にパソコンで作成体験。その上で子供たちが自らの課題を設定し、3Dモデルを作成しました。礼智さんは、初めてのVR体験だったのに「ビルなどを簡単に描けたり、(3D空間内に)置けたりして、めっちゃ面白かった」と、当時の印象を語ります。
その頃の礼智さんは地図やジャンクションに熱中する「地図ブーム」のただなかにあり、その意味からもセミナーには彼の好きなものがすべて揃っていました。それだけに、そこで元を取ろうとか結果を気にするのではなく、「傷つくことなく本人が楽しければ良い」「ただ子供の経験値を上げたい」との思いでトライしたのが良かった、とえみさんは振り返ります。
セミナーには、思いのほか低学年の子供たちが参加していることに気づき、翌年からは1年生になった恵梨さんも誘って三人で参加。恵梨さんも初めてのセミナー体験を通じ3D空間を「自分で自由に作れて、すごく楽しい」と実感。以来、これまで三人が連続して毎年参加するに至っています。セミナーへの参加を重ねる中で、礼智さんは次第に道路や信号制御された交差点、鉄道など関心の高い分野を深化。さらに岩や大型施設、大型船舶、大型自動車の中に街や立体交差などのインフラ、あるいは博物館を構築するといった独自の世界観を表現。それに対し恵梨さんは自然や生き物、あるいは水上都市など幼少時に親しんだ海辺の記憶を偲ばせるような3D空間の表現へと、それぞれ個性的な作風を展開しています。
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恵梨さんの作品「動物学校」 |
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礼智さんの作品 |
礼智さんの作品「交通博物館のある町」 |
「このセミナーではプロが使用する本物のUC-win/Roadを子供たちに使わせてくれるというのに驚かされました」。様々な子供向け講座を経験しているえみさんは、同セミナーの特徴の一端をこう説明。それでいて、子供たちがそれを使い楽しく、思ったものを作れることで彼らの自信を醸成。またセミナーを通じ、VRがどんなものか、どんなふうにして作られているかを低学年の子供たちが理解できた、と評します。加えて、セミナーで制作したVR作品に対し、毎年11月に開催される「デザインフェスティバル」で優れた作品を表彰。大きなイベントの一コーナーで多くの来場者を前に褒めてもらうという貴重な経験は、特に当初自信を失っていた礼智さんを大いに勇気づける結果にもなった、といいます。 |
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2020年11月品川インターシティホールで表彰式
パックンが金賞を受賞されたお2人にインタビュー |
セミナーがもたらす影響、中学受験で加味されるメリットも
「将来はVRとプログラミングに関係した仕事に就きたい」と、語る礼智さん。実はその前に、高校生になったらディスグラフィアに関する本を出版したい、との夢にも触れます。これには、セミナーでの経験を通じ礼智さんの中で新たな次元の自信が生成。ディスグラフィアに対する理解が社会に浸透し、それによって自身と同じように苦しんでいるであろう人たちへの一助になれば、との思いがあります。
一方、恵梨さんは「英語を頑張りたい」との目標を述べます。前述のセミナー表彰式で大学生らが英語で発表・説明しているシーンを目にし触発されたそうで、来る中学校探しではそうした環境も重視したい考えです。
中学受験という意味では、多様性などの観点から近年、学校側が基礎学力と併せ、小学校6年間の学習歴を重視する流れが窺われる、とえみさんは言及。事実、一部の学校では同セミナーでの受賞がクレジットとして認められている例もあり、今後はさらに同セミナーの受講や受賞歴なども受験に当たって加味されるケースが広がるのではと期待を示します。
「(VRのセミナーだからと)あまり難しく構えないで、どんなものか一度トライしてみると良いのでは」。実際、まだ早いかと思われた小学1年生の恵梨さんも自由に好きなものが3D空間に作れるプロセスを享受。また、着実にVR制作のスキルが向上することで子供たちの自信にも繋がるはず、とえみさんは説きます。
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