Vol.32

Academy Users Report

アカデミーユーザー紹介/第32回

関西大学 社会安全学部 伊藤ゼミ
Kansai University Faculty of Societal Safety Sciences

機械工学をベースに傷害発生メカニズムや効果的な被害軽減方法などを研究
運転行動分析を中心に広がるUC-win/Road DS活用の可能性

関西大学 社会安全学部 伊藤ゼミ

https://www.kansai-u.ac.jp/Fc_ss

大阪府高槻市

研究内容:交通安全、傷害バイオメカニクスおよび製品安全に関する研究

関西大学 社会安全学部 伊藤大輔准教授

「コンピュータシミュレーションって突き詰めてしまえば、最適な設計を機械に任せてガラガラポンで(解を)探してこい、というようなことも出来てしまうわけです。けれども結局、(それによって)出来上がったものは(その解に至るプロセスが)ブラックボックスになってしまいますし、何も自分には身に付かないのかなと思うのです」

例えば、有限要素法(FEM)はいわば、研究対象である構造の中の力のバランスなどを全部細かく見られるというもの。そのため、それらをまず「見える化」して分析することで、現象そのものをしっかり理解するというアプローチが大事になるはず。そのような観点からは、特に商用ソフトウェアを使ってFEMを行う場合、自らコードを書くという手間が省ける分、現象の可視化・分析のプロセスに一層ウェートを置いて取り組むべきでは。機械工学に基づく自動車衝突安全や衝撃生体力学を専門とする関西大学社会安全学部の伊藤大輔准教授は、情報通信技術(ICT)活用に対する考え方の一端をこう述べます。

また、実際の道路環境下で危ない状況の実験を行うには制約があり、かと言って大学レベルで手軽に使えるテストコースを保有することは稀なのが実情。その意味で、氏の研究でフォーカスする交通事故に近い道路環境や状況を3D VRで再現したドライビングシミュレータ(DS)は、事故を起こしやすい状況下での人の反応を研究するに当たり有能なツールになり得る、と位置づけ。さらに、自転車シミュレータや歩行シミュレータなどの利用、あるいはそれらとの連携がもたらす可能性にも期待を示します。

伊藤准教授が関西大学の現職に就任したのは2年前。以来、同大がその数年前に導入していたフォーラムエイトの3DリアルタイムVRソフトウェア「UC-win/Road」をベースとするDSの利用を積極的に進めてきています。その背景には、それまで在籍していた名古屋大学でも、システムの仕様は異なるものの、やはりUC-win/Road DSを各種研究に有効活用してきた経緯があります。

文理融合で自然・社会災害に向き合う独自のアプローチを構築

関西大学は関西法律学校として1886年に創立。以来135年を経る中で組織の再編・拡張を重ね、現在は法学、文学、経済学、商学、社会学、政策創造学、外国語学、人間健康学、総合情報学、社会安全学、システム理工学、環境都市工学、化学生命工学の13学部、大学院13研究科および専門職大学院2研究科などから構成。大学・大学院を合わせて約3万人の学生に対し、740人超の専任教育職員(数字はいずれも2021年5月現在)を擁し、千里山、高槻、高槻ミューズ、堺、北陽および梅田の6キャンパスを配置しています。

「この名前の学部は国内の大学で多分、ここにしかないのでは」。伊藤准教授がそう語る「社会安全学部」は2010年、高槻ミューズキャンパスの開設に合わせ、大学院社会安全研究科とともに設置されています。

同学部は、広く「自然災害」と人為的な災害である「社会災害」を対象とした研究・教育を通じ、関連する問題の解決や防災、被害の最小化を図り、安全・安心な社会づくりに資することをミッションに掲げます。そこでは地震や台風などの災害をはじめ、様々な事故、感染症あるいは情報セキュリティといった多岐にわたる領域をカバー。そのため、文系・理系の垣根を越え(文理融合)、既存の学問分野を横断的に学べる体制を構築。学生は3年次以降、文系・理系に跨る多様なゼミから各々の専門分野を選べるほか、指導教員同士の風通しも良く(伊藤准教授)相互に影響し合った取り組みも醸成されています。

社会安全学部は、災害を対象とした研究・教育を通じて問題解決や防災・減災を図り、安全・安心な社会づくりに資することをミッションに掲げている

力学的観点から多様な手法を駆使し、交通事故の被害軽減策など模索

「私はもともと機械系の出身なので、(社会災害に関しても)機械工学や力学的な観点というのが基本的なスタンスなのです」

伊藤准教授が指導する「伊藤ゼミ」では、交通安全、傷害バイオメカニクスおよび製品安全などを主な対象として研究。そこでは、自動車衝突時における自動車乗員や歩行者、サイクリストらの挙動や傷害発生メカニズムなどの検討にコンピュータシミュレーション(FEMやVRなど)を活用。また、交通事故の発生原因を調べるための事故調査、ドライバーの行動分析のためのDS利用など、必要に応じ様々な手法も積極的に取り入れてきています。

同ゼミは2020年4月に同准教授が現職に就くのと併せ、設置されています。

それ以前、名古屋大学大学院工学研究科の助教として在籍していた氏は当初、愛知県のプロジェクトにおいて同県警察データの分析を実施。その後、事故現場で「実際に何が起きていたか」をより詳しく知る狙いから、県内タクシー会社の協力を得て事故シーンを記録したドライブレコーダーの映像を基に個々の事故状況を綿密に分析。そうした中で研究の対象は次第に、クルマ対クルマからクルマ対自転車、クルマ対歩行者へと拡張。さらに、「どういうところに気を付けている人であればその事故を回避できたか」を探るため、道路環境なども含め実際の事故状況をVRで再現し、同大保有のDS(やはりUC-win/Road DS)による実験へと発展。クルマ対自転車の直角衝突(出会い頭事故)回避のためのドライバーの対応など、衝突安全を中心にDS実験を交えた研究を重ねてきました。

関西大学では、それまでの機械工学系にウェートを置いた領域に加え、疾患を抱える職業ドライバーの職場復帰の可否を巡るアンケート調査も取り入れるなど、より幅広い研究アプローチに取り組んでいるといいます。

実験用のUC-win/Road DS。実際の対自転車事故状況と周囲環境をVRで忠実に作り込み、飛び出しタイミングでの衝突直前の状況を再現している

UC-win/Road DSの利用と広がる研究展開

「自動車への先進安全技術の導入が進んでくる中で、運転適性検査をどうしていくべきか」を検討するプロジェクト(2020~2021年度、独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA))に社会安全学部の複数教員とともに携わった際、着任早々の伊藤准教授は事故分析とDS実験による検証を担当。具体的には、事故分析に基づく仮説を示しつつ、衝突被害軽減ブレーキや車線逸脱警報装置など各種先進安全技術が入った時のドライバーの警戒行動の変化、同技術が入ることで減少する事故形態と新たに生じる事故形態などの可能性について、DS実験を交えて検討しています。

同学部では、2015年にUC-win/Road DSを導入しており、同准教授は当該プロジェクトを機に同DSを最新バージョンにアップデートして使用を再開。以来、氏は同DSを主として運転行動分析に活用し、交通事故に遭いそうな状況の再現実験、先進安全技術の「有り・なし」によるドライバーの変化(同技術への依存度や危険警戒度の変化)に対する評価実験などを実施。また今後は、1)同技術があることによりドライバーがどの程度油断するか、2)同技術によりどのようにアシストするとドライバーは早く警戒できるか、3)そこでのドライバーの警戒レベルはどうか、などを実際の道路環境を再現したDSを使い探っていく、との考えを提示。さらに、1)長時間運転による眠気、あるいは病気などの異常を生体信号や画像認識を通じて検知しドライバーに覚醒を促す仕組み、あるいは2)自転車シミュレータの活用も視野に、自転車などクルマ以外の交通参加者と連携した運転行動の相互作用などの研究展開にも言及します。

「せっかくこの(文理融合を標榜する)社会安全学部にいますので、心理学や法律などを専門とする先生方とコラボしながら、ぶつかる前からぶつかった後までクルマの安全について幅広く(カバーしながら)取り組んで行きたいと思っています」

UC-win/Road DSの豊富な機能に注目、更なるリアリティ創出を模索

UC-win/Road DSの、前職時代を含むこれまでの利用を通じ、伊藤准教授は事故状況を再現するための道路やその周辺環境の作り込みの容易さ、操作時のシミュレータとしての機能性などを評価。現行のDSを使い始めて2年と経たない中、UC-win/Roadの機能への熟練度は限られるとしつつも、例えば「自車が特定のポイントに差し掛かると特定のタイミングで他のクルマが出てきて、それに合わせて自車の先進安全技術により自動的にブレーキがかかる」といったシナリオであれば、既に自身らでシミュレーション用VRの作成は可能。今後はUC-win/Roadの豊富な機能の習熟、DSの機能拡張に向けた開発キット「SDK」への対応、各種データ連携を通じた効率的なVR作成などを目指し、そのための勉強に力を入れていく考えといいます。

併せて、システムの重要な要素である映像やクルマの動きがよりリアルに近づけば、氏の理想とする被験者が「実験させられている」のではなく、「実際に運転している」感じに浸れる臨場感の創出に繋がるはず。特に「事故に遭ってしまう直前の状況」を再現した実験に基づく研究特性から、「なるべく簡易に」かつ「リアルに」という両立の難しいニーズの実現を模索していく、との展開を描きます。

FEMやDSに共通するシミュレーションの醍醐味

「FEMもDSも一緒ですが、実際の実験とか、事故現場自体から(だけ)では得られないデータはいっぱいあります。そこをいかに可視化し、分析していくかというのが、シミュレーションの醍醐味だと思うのです」

併せて、システムの重要な要素である映像やクルマの動きがよりリアルに近づけば、氏の理想とする被験者が「実験させられている」のではなく、「実際に運転している」感じに浸れる臨場感の創出に繋がるはず。特に「事故に遭ってしまう直前の状況」を再現した実験に基づく研究特性から、「なるべく簡易に」かつ「リアルに」という両立の難しいニーズの実現を模索していく、との展開を描きます。

伊藤准教授はまず、最適化のソフトなどと連携しコンピュータの中だけでどんどん自己解決していくアプローチはもちろんあり得る、との認識を提示。ただ教育の観点からは、冒頭でも触れたような「ガラガラポンで最適化できました」では終わらせられない、とも指摘。そうではなくてその中を見る、つまり実際に起きている現象を分かった上でその対策を立てるというスタイルが教育のみならず、研究開発においても重要、と位置づけます。

例えば、DSでは「運転中に人が何をしているか」「人の応答に合わせてクルマがどう動いたか」といったデータを取得。それらをしっかり理解した上で、「どのような安全対策が求められるか」を示すべき。またFEMにおいても「対象構造の中でどれぐらいの力がかかっていたか」「どういう対策をすると、その力がどう変わっていくか」をしっかり見た上で、「何が正しいか」あるいは「何が尤もらしい答えなのか」を探る。いずれにせよ、その考えるというプロセスに繋げることこそが、シミュレーションの重要な役割なのでは、との思いを語ります。

執筆:池野隆
(Up&Coming '22 春の号掲載)