Users Report
ユーザー紹介/第137回
独立行政法人 自動車技術総合機構
交通安全環境研究所 自動車安全研究部
衝突安全や予防安全など向けに新技術の評価方法や基準策定支援に関して研究
自動運転や高齢ドライバー関連の評価ニーズの高まり受け、新定置型DSを導入
立行政法人自動車技術総合機構 交通安全環境研究所 自動車安全研究部
所在地東京都調布市
業務内容
自動車の衝突安全、予防安全、情報セキュリティおよび車検の高度化に関する研究
交通安全環境研究所 自動車安全研究部
関根 道昭 副部長
交通安全環境研究所 自動車安全研究部
加藤 洋子 研究員
「(私たちの研究は)クルマの開発のために行っているわけではなくて、安全性の評価を通じ自動車の技術基準の国際調和に向けた活動に役立てる。あるいは、技術の発展に伴って将来課題となるかも知れないことを先駆け的に調査・研究し、(それらの知見が必要になった際に)すぐに対応できるよう、取り組んでいます」
旧自動車検査独立行政法人(検査法人:NAVI)と統合し、2016年に「独立行政法人自動車技術総合機構(自動車機構:NALTEC)」を構成する研究部門として新たなスタートを切った、「交通安全環境研究所(交通研:NTSEL)」。もともと旧運輸省(現国土交通省)系の公的研究機関として、1950年に発足しています。そのような経緯もあって、自動車メーカーや大学などとは異なる独自の研究開発を使命に位置づけ。現行の先進技術をはじめ、将来出てきそうな技術、さらに「こういう技術があったらもっと自動車を安全に使えるのでは」といった観点などから、適宜評価対象を設定。「安全で環境にやさしい交通社会の実現に貢献」(機構の基本理念)すべく日々研究に努めている、と同研究所自動車安全研究部の関根道昭副部長は語ります。
今回ご紹介するユーザーは、交通研の研究部門のうち、自動車交通の安全リスク低減と、それを通じた安全・安心社会の実現を担う「自動車安全研究部」です。同部ではそうした研究の一環として、自動運転や高齢者などに関する課題について評価するニーズが増してきたのを受け、2019年にフォーラムエイトの3DリアルタイムVRソフトウェア「UC-win/Road」をベースとする「定置型ドライビングシミュレータ(DS)」を導入。これまで同DSの機能をフルに活用しつつ、各種新技術の評価実験を実施してきています。
自動車安全研究部の位置付け、 独自の研究アプローチ
自動車機構は、前述のように2016年、それまでの検査法人と交通研(いずれも国交省所管)とを統合する形で設立されました。それに先立ち、検査法人は中央省庁等改革を通じ旧運輸省が行っていた自動車検査(車検)のうち「検査場における検査」については独立行政法人が行うこととされたのを受け、2002年に設立。これに対し、旧運輸省の総合技術研究所(「運輸技術研究所」1950年設立)を起源とする交通研は、組織再編や省庁改革などを重ねる中で2001年に独立行政法人として設立されています。
同機構では、1)研究業務、2)審査業務、3)自動車検査、4)リコール業務、および5)自動車の登録確認調査業務 ― の5事業を柱に活動。そのうち最も大きなウェートを占めるのが、道路運送車両法に基づき自動車が保安基準に適合しているか定期的に確認することを使用者に義務付ける「自動車検査」です。機構は当該事業を運営する拠点として本部(東京都新宿区)のほかに、全国を10エリアに分けて9検査部・84事務所を展開しています。
また交通研は、1)試験・研究を通じた、自動車など陸上交通の安全や環境に関わる国の施策立案や基準策定の支援、2)自動車型式審査を通じた、基準不適合車の流通の未然防止、3)自動車のリコールに関わる技術的な検証、4)日本の自動車技術や鉄道技術の、国際標準化に対する技術支援、5)試験・研究を通じた、交通システムの技術評価や基準策定に対する技術支援 ― などの取り組みを実施。これらの事業を担う部署として環境研究部、自動車安全研究部、自動車認証審査部、リコール技術検証部、国際調和推進統括、鉄道認証室および交通システム研究部から成る体制を組織。調布本所(東京都調布市)をはじめ2箇所の自動車試験場(いずれも埼玉県熊谷市)に、研究員、審査官および事務系を含め約150名の職員が配置されています。
交通研の自動車安全研究部では現在、1)衝突事故の被害を最小限にするための車両技術の評価試験法、関係する基準策定の支援などに関する研究を行う「衝突安全」、2)事故に至る前の自動車の安全機能、あるいは事故の減少に繋がる自動運転の性能の評価方法などに関する研究を行う「予防安全」、3)電子技術が集積する自動車の安全性確保やセキュリティ性能の評価試験法などを研究する「情報セキュリティ」、4)車検の高度化に向けた研究を行う「点検・整備」 ― といった大きく4分野をカバー。その中で設定されるテーマに応じ、異なる専門を有する研究員らがその都度チームを編成。それぞれが緩く連携し、適宜情報交換しながらチームとして研究を進める体制が取られています。
「私は『予防安全』(分野)に属しています」。もともと心理学を専門とする関根副部長は、ドライバーの運転行動、心理特性の運転への影響、視覚や聴覚機能の特性から自動車のHMIなどに関わる研究に長年従事。そうしたアプローチを発展させ、近年は高齢者の運転特性とそれを安全確保に繋げる研究にウェートを置くとともに、プロジェクトを統括する立場から幅広い研究に携わっているといいます。
一方、UC-win/Road DSの利用を自動車安全研究部内で中心的に担うのが、同部研究員の加藤洋子さん。学生時代から一貫して、建築の照明や光、そこでの視認性などを研究してきた経験を反映し、交通研に着任後は高齢ドライバーやヒューマンファクター、自動車の灯火などに関わる研究に参加してきています。
高齢ドライバ評価用DSにUC-win/Road DSを採用
交通研では20年ほど前から研究にDSを利用。関根副部長が入所した頃、2003年にDSを導入。この装置は、運転席は実車に近いものであった半面、モニターは視野が狭い上に一画面のみで、プログラミングの得意なメンバーが初代システムのプログラムを手直ししつつ運用。主に自動車のHMI全般を評価する目的で使用されてきたものの、実験のニーズに応じて使いこなすのはやはり容易でなかった、と氏は振り返ります。
そのような中で近年、自動運転関係の研究が重点テーマとして浮上。それに対応するための予算も見込まれたのを機に、既存DSでネックとなってきた自動運転向けと併せ、交通研内でやはりニーズが高まっていた高齢者関連の研究にも活用できるDSへの刷新を構想。既存DSの運転席や車体などのハードウェアは出来るだけ活かしつつ、前方モニターの視野角を広げるとともに解像度も上げ、後方の視界を新たに確保。加えて、既存DS用ヘッドアップディスプレイ(HUD)装置を新DSでも流用したい。その際、プロジェクターの映像とHUD装置が干渉しないように設計して欲しい ― といった要望を整理。それらに基づき2018年に公募したところ複数社から応募があり、すべての条件を満たして費用も予算内に収まったフォーラムエイトのUC-win/Road DSの採用が決定しています。
その後、既存DSを使う必要のあった仕掛中の研究が2019年1月末に区切りがついたのを受け、DSの改修に着手。新たな設置場所となる隣室に既存DSを移した後、正味2ヵ月の準備期間を経て同年3月に新世代定置型DSとして構築しています。
女性研究員が着任早々VRに着手 実験目的に応じたシナリオを作成
新DS導入後の4月に加藤研究員が交通研に入所。部内の誰にとっても初めてのDSであり、「シミュレータ操作とともに自動車の技術も学んでもらえれば」(関根副部長)との狙いから着任早々の加藤さんを中心に同DSの運用体制が形成。そこに、DSを利用する研究主体の各チームを統括する立場から関根副部長が、連携大学院制度や外部との共同研究を通じ東京農工大学や中央大学の学生らが、適宜連携する形で参加しています。
同DSを利用した最初の事例が、高齢ドライバーの実験です。これは共同研究する大学病院からの要望で、高齢者が居住する近隣の市街地を運転する際の注意点を探ろうというもの。そこで加藤研究員は同年春にDS用VRの作成に着手。まず三鷹市周辺の生活道路の道幅や建物景観を模して架空の都市空間を制作。次いでその片道1車線、約1㎞のルートを走行する間に、子供の飛び出しや自転車の追抜など日常的に起こりがちなイベントが1~2回ずつ発生するよう設定。ルートは同じながら異なるイベント内容やその組み合わせで7通りの実験用シナリオを夏までに作成しました。さらに、被験者がDSを操作する間の反応時間や視線の計測、映像によるペダル操作のチェック、UC-win/Roadのログを通じた走行速度や軌跡、先行車との距離などのデータ取得が出来るようシステムを構築。秋には、三鷹市シルバー人材センターの協力で同DSを用いた実験を実施しました。
また2019年度にはヒューマンファクターの一環として、自動運転から手動に運転を引き継ぐ際の、HMIや二次タスクの影響を評価する実験を実施。加藤研究員は、架空の高速道路を数分間、自動運転車で走行していくと、手動運転への切り替えを促す音の合図が起きるというシナリオをVRで表現。実験では高齢者や若年者らの被験者の反応時間のほか、自動運転中のドライバーにスマホ操作などの二次タスクを課した場合の安全性への影響も調べています。
さらに、2020年度に加藤研究員は自らの専門分野とも重なる路面描画の実験を担当。前照灯の配光によって車両前方の路面に運転支援情報を描画した場合の自車ドライバーや周りの交通参加者に与える影響などを評価しました。この実験ではバーチャルディスプレイプラグインを活用して路面描画を表示。ドライバーが路面描画を注視した場合に、先行車両のブレーキランプ点灯への反応が遅れるかどうかなどを調べています。今後もDSを活用して路面描画ランプの有効性や安全性を探っていく予定です。
サポート体制やオプション機能の充実を評価
「基本的にはやりたいことが出来るな、というのが(同DSに対する)率直な印象です」
3年前に導入した当初は、それまでの比較的単純な構成のシミュレータに対し、画面数が増え複数台のPCを連携させて同時駆動するようなシステムに変わった分、それらの調整など新たな課題に直面。それでも必要な時に連絡すると、保有するDSの仕様を把握したフォーラムエイトの担当者が随時、的確かつ迅速に対応する強力なサポート体制により、それらも次第に解消。また、基本構成のままでは難しそうなニーズにも、HUD(バーチャルディスプレー)などプラグイン・オプションを利用してカスタマイズ。前述の路面描画のような映像表示など「こちらがやりたい」と思う実験への対応も容易化。加えて、自身らの実験に当たっては外部の様々なシステムを組み合わせ、それらを制御したり、タイミングを計ったりして対処するケースが発生しがち。その点でも同DSには初めからそういった機能に対応する仕組みが用意されており「割と容易に実現できた」と、関根副部長は振り返ります。
一方、路面描画の実験を例に、まだ実用化されていない技術、あるいは実車に実装することが難しい技術をVRで再現し評価できるメリットにも言及。そのような延長線上で氏は同DSを活用した、1)自動運転中のクルマから周囲のドライバーや歩行者へ情報発信するHMIの評価、2)ヘッドランプの高輝度化が進む中、どのような走行条件の時に眩しさを感じるかの評価、3)ガソリン車と電気自動車(EV)の異なる操作性に基づく評価 ― などへの展開可能性に期待を示します。
執筆:池野隆
(Up&Coming '22 春の号掲載)