Users Report
ユーザー紹介/第138回
前田建設工業株式会社
土木事業本部 土木技術部 ICT推進グループ
土木現場の条件に応じたICT適用を支援、生産性向上とともに全体最適に留意
UC-win/RoadやES 、各種ソフトの効果的な活用を模索、更なる展開をリード
前田建設工業株式会社
土木事業本部 土木技術部 ICT推進グループ
所在地東京都千代田区
業務内容
技術サポートや環境整備、人材育成などICT全般を通じた現場支援
「昨今、たくさんのICT(情報通信技術)機器やソフトウェア、クラウドなどのいろいろなサービスが出てきています」
本社の土木技術部門にあって全国をカバー。それぞれのICTの推進を通じ、生産性向上や価値創造に繋げていくことを自身らの役割と、前田建設工業株式会社土木事業本部土木技術部の工藤新一・ICT推進グループ長は位置づけます。では、どのようなICTでも取り入れていいのかと言えば、「良いものは何でもいいけれど、(それらを)実際に試してみなければ、本当に良いものか分からない」ところはある。加えて、万能なツールで、すべての場面に使えるなどというものは、ほぼあり得ない。とは言え、最初から「あれはダメ、これはダメ」と決めつけてしまうのではなく、「基本的にはいろいろなものを取り入れ、使い分けていく」。したがって、数ある道具の選択肢の中から実用性をしっかりと検証し、当該現場の条件に応じた適用性を見極めたうえで展開する、とのグループとしてのスタンスを説きます。
一方、社内でICTの普及展開を図っても、それにより自社のみにメリットがあるのでは、外部の理解は得られない。結果的に独りよがりの効率化になり、効果は限定されてしまいがち。つまり、発注者や協力会社などプロジェクトの関係者間でデータやシステムを連携し、双方のメリットや全体最適に留意していく必要がある。そこで近年は、ICTの導入に当たって、社内と同時に相手側にもリテラシーを上げてもらえるよう努めている、と氏は述べます。
今回ご紹介するユーザーは、前田建設工業株式会社の土木技術部門でICTに特化して取り組む「ICT推進グループ」です。同社では長年にわたり「UC-1シリーズ」の各種設計ソフトや3次元(3D)積層プレート・ケーブルの動的非線形解析「Engineer’s Studio®」(ES)、3DリアルタイムVRソフトウェア「UC-win/Road」などを利用。同グループは特に近年、前述のような視点を踏まえつつ、一層高度な活用を進めてきています。
インフロニア・ホールディングスを通じた新たな展開も
前田建設工業株式会社は、1919年に福井県で創業(現行社名としての設立は1946年)。以来100年超を経る中で、山岳土木から都市土木、建築、海外などへと事業分野を拡大。今日では直轄部門のほか、経営革新本部、建築事業本部および土木事業本部の3本部より構成。本店(東京都千代田区)の下に北海道、東北、関東、東京建築、東京土木、北陸、中部、関西、中国、四国、九州および沖縄の12支店を設置。それらに3200名超の従業員を配置しています。
そのうち今回お話を伺ったのは、土木分野全般を統括する土木事業本部にあって、1)技術の開発、2)技術の普及・展開、3)技術的な現場の支援―を担う土木技術部。その中で特に、技術サポート、環境整備、人材育成、技術開発、BIM/CIM対応などICT全般を通じて現場支援を担うICT推進グループです。
また同社は2021年10月、前田道路株式会社および株式会社前田製作所とともに共同持ち株会社「インフロニア・ホールディングス株式会社」を設立。インフラが抱える課題に対し、各社が培ってきた技術力やパートナーシップを結集。既成概念に囚われず、イノベーティブな発想で世界中に最適なサービスを提供する「総合インフラサービス企業」としての展開を標榜しています。これを反映し、ICT推進グループとしても従来の事業領域を超えて広がるICT活用のニーズを視野に入れている(工藤グループ長)といいます。
土木事業本部 土木技術部 ICT推進グループ
グループ長 工藤 新一 氏
土木事業本部 土木技術部 ICT推進グループ
主査 坂藤 勇太 氏
土木事業本部 土木技術部 ICT推進グループ
主任 室屋 志夢 氏
交通規制や土砂運搬作業などでUC-win/Roadを効果的に適用
同社のUC-win/Roadとの関わりは、当時の設計技術部が導入した2006年に遡ります。
一方、今回ご紹介するICT推進グループが、実際の業務に初めてUC-win/Roadを適用したのは2018年。同社は、道路を占用して工事を行うため、交通規制する必要のある道路改良工事のプロジェクトに参加。そのようなケースではそれまで、図面や写真を含む紙の資料を作成し、警察への届け出、あるいは発注者やプロジェクト関係部署との協議調整などに臨むのが通常でした。これに対して当該プロジェクトでは、3DVRの活用を提案し、交通規制による車線減少やそのもたらす渋滞、赤信号時の交通の滞留などの状況をシミュレーション。ドライバーや歩行者からの視認性を高めることにより協議が円滑化し、合意形成が容易になるよう意図。従来型の資料に加えて用いられています。
実際にそれを使って協議すると、受発注者ともに効果が実感されたことから、他の様々な現場にも展開。その後、同グループが直接取り組んだトンネル工事の土砂運搬計画2件と東北の復旧工事1件でもUC-win/Roadを活用。それらとは別に現場が独自に取り入れているケースもあるはず、と工藤グループ長は語ります。
そのうちトンネル工事の土砂運搬計画では、2021年にUC-win/Roadを用い実際に通るルートの条件を反映してシミュレーション。建設発生土を運ぶダンプ車両の最適な台数の見極めなどを行っています。
これまでのUC-win/Road利用を通じ、同氏は「ソフトウェアとしては良いもの」と評価。ただ、現場の関係者や発注者側にUC-win/Roadの説明から始めなければならないケースもあり、それが広範に認知され双方のリテラシーが高まれば、よりメリットのあるものになるのでは、との見方を示します。
「(プロジェクト関係者の間でUC-win/Roadが)ある程度認知され、その基礎が分かっていれば、もっと活用の場面も広がってくるのではと思っています」
幅広い分野の設計で広がるUC-1シリーズやESの活用
設計・施工分離の発注方式による公共工事を多く手掛けるゼネコンとして、同社土木事業部門で扱う設計業務は、1)元々の設計条件が変わり、実際の現場に合う条件で再設計しなければならないケース(条件が複雑になりがち)、2)設計と施工を一括で発注するデザインビルド方式のケース(多くは民間企業向け)―の主に2通り、とICT推進グループの坂藤勇太・主査は述べます。氏は土木設計部を経て、2019~2020年度に国土交通省国土技術政策総合研究所(国総研)の社会資本情報基盤研究室に出向し、BIM/CIM関係の基準整備などに携わっていた経緯もあり、現在同グループでBIM/CIMを中心とする現場支援や技術開発を主に担っています。
「UC-1シリーズ」の各種設計ソフトは、一部製品名が変わっているものの、古くから同社設計部門で使用。自身が15年前に入社した当時、最初に触れたソフトが任意形の平面骨組解析プログラム「FRAME(面内)」と、鉄筋コンクリート断面計算プログラム「RC断面計算」(いずれも『UC-1シリーズ』)だった、と振り返ります。
同社の設計部門は、1)地盤、2)橋梁・構造、3)耐震・構造物、4)トンネル―の大きく4分野に分けられ、各分野では共通して基本的に上記2ソフトを使用。さらに例えば、地盤関係では「擁壁の設計」や「仮設構台の設計」、橋梁・構造関係では「橋台の設計」というように、UC-1シリーズの各種ソフトが継続的に多数活用されてきています。
「おそらく当社で最初にEngineer’s Studio®(ES)を使った事例」と同氏が挙げるのは、2014年にRC構造の水槽を解析した民間案件。当時、2Dの設計が基本でFRAME(面内)などが主に用いられていた中、そこでは荷重条件や構造解析など3D的な解析が求められ、既存ツールによる2D的な解析では仕様が非常に大きくなると想定。ESの導入に至っています。
同社では現在、UC-1シリーズの各種ソフトを従来同様に駆使。一方、3D的な解析が大幅に増加してきたのを受け、ESも前述の4分野すべてで活用が広がっています。そうした背景として同氏は、各ソフトの計算・解析の結果のリアルタイムかつビジュアル的な分かりやすさを評価。またUC-1シリーズでの、BIM/CIMに対応した3Dモデル描き出しなどの機能追加、鉄筋コンクリート構造物の2D非線形動的解析/静的解析プログラム「WCOMD」の、同社独自のニーズに対応したアドオンによる柔軟な機能追加にも言及します。
設計条件に応じた各ツールの選定と結果の評価
同グループでBIM/CIMや既存ICTツールの現場展開に向けた支援に従事。その一環として、グループ内におけるUC-win/Roadの利用を主に担う室屋志夢・主任は、交通シミュレーションに当たっての、自身らのアプローチを提示。シミュレーションを通じて取得されるデータをそのまま鵜呑みにするのではなく、併せて現地でダンプなどを実際に用いて追跡調査を実施。その結果とシミュレーションとの整合性などを精査することで、シミュレーション・データそのものの信頼性を高め、一層使えるようにしていくことの意義を説きます。
また同社設計部門では、FRAME(面内)からEngineer's Studio®(ES)へという、使用するソフトウェアの流れを背景に、ESの使用者の裾野が着実に拡大。その2Dから3Dへの解析のシフトは、荷重などがビジュアル的に分かりやすくなっているものの、拘束条件の複雑化などによりエンジニアが間違えやすい面もある、と坂藤氏は指摘。ESを、条件を入れると結果が出てくる設計ソフトのようにではなく、FEM解析ソフトとして注意深く扱うべき、との考えを示します。
「(利用している各種)ツールは非常に良いものだと思っていますけれど、設計条件は様々です。そのため、条件に合わせたツールの使い方をユーザーがしっかり考えることが大事では」。そこでは、単に「使ってみる」というのではなく、それぞれの条件に合ったソフトウェアの使い方を本当にしているかがポイントになる、と工藤グループ長は解説します。
また、坂藤氏は、条件を入れるとすぐに答えが得られて数量計算なども作成される近年のソフトウェアの進歩へと話を展開。ただ、そうしたソフト側の機能充実に伴い生産性は向上する半面、それまで手間がかかるなりに培われていた技術力が低下してしまうのでは、と懸念。技術力を継続的に高めていけるような取り組みが必要になる、と述べます。
これに関連して工藤グループ長は、手で計算していると導き出した答えから、そこに計算ミスがあればある程度は感覚的に分かるとしながら、自動的に答えが出てしまったものに対しては、よほど細かい数式まで理解していないと、たとえアウトプットが間違っていてもなかなか気づくことが出来ない、と位置づけ。そのような際、入力のところでミスをしにくいインターフェースになってきているとは言え、「アウトプットを見て分かる感覚」を養っていくこともやはり重要になる、と語ります。
執筆:池野隆
(Up&Coming '22 盛夏号掲載)