連載 Vol.8(最終回)
 
吉川 弘道 東京都市大学 名誉教授
早稲田大学理工学部卒業、工学博士、コロラド大学客員教授(1992-3年)。専門は耐震工学、地震リスク、鉄筋コンクリート。土木学会論文賞、土木学会吉田賞他受賞。著書に『都市の地震防災』(フォーラムエイトパブリッシング)他多数。現在、インフラツーリズム推進会議議長を務めるほか、「魅せる土木」を提唱。‘土木ウォッチング’、‘Discover Doboku’を主宰。土木広報大賞2019(土木学会)準優秀部門賞(イベント部門)受賞。
Episode25
クリーンエネルギーのエースLNGの秘密を探る
― マイナス162℃の液化天然ガスを貯蔵する巨大魔法瓶 ― 
■LNGって何?元の英語は何?
LNGとは液化天然ガスLiquefied Natural Gasのこと。気体である天然ガスを-162℃以下に冷却し液体にしたもの。液化によりその体積を気体の約1/600に減少させることができ、輸送・貯蔵が極めて容易となる。

液化天然ガスLNGは、環境特性に優れたクリーンエネルギー。大気汚染の原因となるSOx(硫黄酸化物)が発生せず、NOx(窒素酸化物)やCO2(二酸化炭素)の排出量も少ない。その用途は、都市ガスまたは火力発電所の燃料として使われ、近年さらなる需要が見込まれるが、多くは海外からの輸入に頼らざるを得ない。今回のEpisode25では、大容量の液化天然ガスを貯槽するLNGタンクをテーマとして、その秘密を解き明かしたい。

LNG タンクは、液化基地でのLNG製造と船出しまでの間、および LNG 受入基地における荷揚げ/再ガス化/出荷までの貯蔵、の2地点にて必要となる。LNG輸入大国日本では、後者の受入基地が多数建設/稼働していて、世界最大の消費国である。極低温液体の貯蔵運搬には高度なテクノロジーと経験値を必要とし、加えて、耐震性や火災安全性が重視される。LNG貯蔵施設はいくつかの形式があるが、ここでは、地上式タンクと地下式タンクを紹介する。

地上式LNGタンク(Ground LNG Tank):大阪ガス泉北製造所第一工場に建設されたPCLNGタンク[Photo1]は、23万klの貯蔵容量を有し、地上式LNGタンクとしては世界最大規模(一般家庭の約33万戸分の年間使用量に相当する)。これは、外径約90m高さ約60mの円筒形構造(+ドーム式屋根)で、大阪城天守閣が土台の石垣ごと2つすっぽりと入るほどの大空間。このような地上式タンクの場合、液化ガスを貯槽する鋼製タンク(1次容器)、保冷材(断熱材)、および漏液防止のためのPC防液堤(2次容器)にて構成され、多数の基礎杭にて支持される[Photo2]。

1 地上式としては世界最大容量のPCLNGタンク【提供 大阪ガス】 2 地上式PCLNGタンクの構造【提供 大林組】

地下式LNGタンク(LNG Underground Tank):東京ガスLNG袖ケ浦工場[Photo3]は、千葉県袖ケ浦市の臨海部に建設された世界最大級のLNG基地(東京電力との共同基地として、多数のタンクが計画的に配置されている)。1973年、国内初のLNG専用工場として稼働し、現在は、主としてブルネイ、オーストラリア、マレーシア、インドネシアより輸入され、都市ガスおよび発電用燃料ガスを製造・供給している。

3a 世界最大級のLNG基地 袖ヶ浦工場【提供 東京ガス】 3b 地下式LNGタンクの内部構造
(側壁のメンブレンが光って見える)
【提供 東京ガス】

地下式タンクの場合、周辺地盤の水圧と土圧を受ける鉄筋コンクリート製躯体を構築し、内面に断熱材と液密性を保持するステンレス製メンブレンを設置する[Photo4]。タンク底部と側部には、地盤凍結を制御するためヒーターが設置される。

4 地下式LNGタンクの断面構造【提供 東京ガス】

■大阪ガス 公式サイト https://www.osakagas.co.jp/company/enterprise_future/article2/
■大林組 公式サイト https://www.obayashi.co.jp/thinking/detail/project23.html
■東京ガス 公式サイト https://www.tokyo-gas.co.jp/kids/genzai/g2_1.html
https://www.tokyo-gas.co.jp/Press/20191101-01.html


Episode26
心躍る高速道路の立体交差:JCTとIC
― 大地に刻まれたクロソイド曲線を俯瞰する ― 
■立体交差の施設用語を確認しよう
ジャンクションJunction:高速道路相互を直接接続するインターチェンジのこと。・インターチェンジInterchange:立体交差する道路相互間、または近接する道路相互間を連絡路によって立体的に接続する施設。・ランプRamp:ICやJCTなどの道路相互を繋ぐ高低差のある傾斜路。

理系学生でも苦手な幾何学(Geometry)が、道路施設であるジャンクションJCTやインターチェンジICの道路線形の設計に役立っている。道路線形に用いられるクロソイド曲線(Clothoid Curve緩和曲線)をご存知だろうか。これは、快適かつ安全なハンドル操作のための道路線形として広く活用され、かつてドイツの高速道路Autobahnにて導入された言われている。直線⇒クロソイド曲線(緩和曲線)⇒単曲線を組合せた連続的な幾何学形状は、また優美なアートを醸し出す。

かつて華麗優美なジャンクションは近代都市の近未来図であったが、全国に高速道路網が行きわたった21世紀には日常の原風景ともなっている。[Photo1]~[Photo3]にて、国内でも良く知られている3つの道路施設を紹介したい。

[Photo1a], [Photo1b]東大阪ジャンクション(大阪府東大阪市):阪神高速13号東大阪線と近畿自動車道の交差分岐。都市型JCTの中では類例の少ない対称形をなす。近隣に恰好の撮影スポットがあり、土木ファン達がJCTのダイナミズムを写し出してくれる。

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1a 東大阪JCT 全体写真 1b 東大阪JCT 路線図 【出典:https://www.w-nexco.co.jp/
search/jct_map/kansai/pdfs/higashi_osaka.pdf

[Photo2a], [Photo2b]横浜青葉ジャンクション(横浜市青葉区):東西の大動脈東名高速に設置され、南北に1.5kmほど伸びる大規模なY型JCTを形成している。周辺の首都高横浜北西線、国道246号線、第3京浜への接続により、その利便性は格段に向上している。

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2a 横浜青葉JCT 航空写真 2b 横浜青葉JCT路線図【提供:首都高速道路㈱】

[Photo3] 首都高速道路 箱崎ジャンクション(東京都中央区):首都高6号向島線と9号深川線の合流地点箱崎JCTは、仲間内ではよく知られた”ジャンクション萌え”スポット。下から見上げたその様は”ヤマタノオロチ”の異名をとる。夜の帳が降りる頃、辺りの喧騒は消え、首都高速道路の毛細血管が集約した構造美が際立つ。

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3 首都高速道路 箱崎JCT(東京都中央区)【撮影:林直樹氏】

これらの道路施設は、20世紀後半に竣工/供用されていることを付記したい。国土交通省、高速道路会社、道路公社 etc.の主導による道路技術の開花が、更なるモータリゼーション(これも古くなってしまったか)を加速している。地理的条件や用地取得の制約を受け、教科書通りの理想的な幾何形状を描けないことも日本特有の事情だ。(大仰な言い様ではあるが)天が与えし試練を先進の道路エンジニアリングが克服したとしか言い様がない。

【参照/出典サイト】
■国土交通省 https://www.mlit.go.jp/road/soudan/soudan_01b_05.html
■NEXCO西日本 東大阪JCT https://www.w-nexco.co.jp/search/jct_map/kansai/pdfs/higashi_osaka.pdf
■首都高速道路:首都高北西線の概要 横浜青葉JCT・横浜青葉出入口 https://www.shutoko.jp/ss/hokusei-sen/guide/


Episode27
土木工学の老舗:河川構造物大集合
― 河川に寄り添い100年供用される一品生産 ― 
■ 『善く国を治むる者は、必ずまず水を治む』
中国の故事に遡る国家の大計は、河川工学や水工学の原点でもある。近代において、なお深刻な風水害や土砂災害が繰り返されるが、最先端のエンジニアリングが一治一乱の歴史に終止符を打つことを期待したい。

最終回Episode27では、土木工学の老舗ともいうべき、水工学(Hydraulic Engineering)と河川構造物(River Structures)に焦点を当てた。

[Photo1]模式図による河川構造物の説明:最初に、河川工学に関する基本用語について復習しよう。本川、支川、派川、遊水地、調整池などが基本用語。右岸(下流に向かって右側)と左岸についても確認されたい。構造物では、先ず堤防や護岸、水制工が基本であり、築造構造物としては樋門(ひもん)、樋管(ひかん)、水門、閘門(こうもん)、排水機場などが挙げられる。加えて、霞堤、輪中堤、越流堤もよく知られているが、その意義と工法は、江戸時代(あるいはそれより以前)に遡り、いわゆる河川工学の起源とも言える。

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1 模式図による河川構造物の説明【出典:国土交通省 水管理・国土保全】
  https://www.mlit.go.jp/river/pamphlet_jirei/kasen/jiten/yougo/05_06.htm

そして、紹介する河川施設の実構造物だが、迷いに迷って3件を採り上げたが、なんと いってもそのフォルムが頼もしくそして美しい。

[Photo2]百間川河口水門(中国地方整備局 岡山河川事務所):流域内の治水安全性向上のため河口東側(左岸側)に増設された平成水門。耐震性/経済性/景観性を考慮して、ライジングセクターゲート(純径間33.4m×有効高6.9m)を採用。

[Photo3]荒川放水路 新旧岩淵水門(東京都北区):旧水門(赤水門)は、隅田川の氾濫を防止するため、大正13年(1924年)荒川放水路と隅田川の分派点に建設された。その役目は、昭和57年(1982年)岩淵水門(青水門)に引き継がれた。新旧合わせて100年間、東京東部低地の洪水を制御している。

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2 百間川河口水門(平成水門)(中国地方整備局 岡山河川事務所)
【提供:山陽新聞社2013年12月4日掲載記事】
3 荒川放水路 新旧岩淵水門(東京都北区)
【提供:関東地方整備局荒川下流河川事務所】
https://www.ktr.mlit.go.jp/arage/arage_index003.html

[Photo4]栢山頭首工(神奈川県開成町):頭首工とは、河川から農業用水を取水する施設。ここでは、第一洪水吐、第二洪水吐、土砂吐、魚道、右岸取水口、左岸取水口にて構成される。洪水吐は鋼製油圧転倒ゲートで7門、土砂吐は鋼製油圧ローラーゲートで1門、魚道は階段式魚道、左右の取水口は鋼製スライドゲートとなっている。

それぞれの河川施設は、地形的地質的条件、気象気候条件、仕様(スペック)、経済性により、様々な形態をとる。竣工すれば、河川に寄り添い100年供用される一品生産でもある。

これらの河川施設の多くは、また、農業土木工学(Agricultural Engineering、または、Irrigation, Drainage and Reclamation Engineering)の施設であることも付記したい。最近知ったが、国際機関ICID(国際かんがい排水委員会1950年創設)が、100年以上前に築造された施設を対象として“世界かんがい施設遺産”を認定している。現在15ヵ国107施設が登録されているが、そのうち日本国内のものが40%を占めている(”かんがい大国ニッポン” 読売新聞2021年3月16日朝刊)。我が国は、古(いにしえ)より今日この日まで、治山治水に利する施設の開発に腐心した証である。

改めて、『善く国を治むる者は、必ずまず水を治む』。 

4 栢山頭首工(神奈川県開成町)【出典:神奈川県 県西地域に
ある農業土木施設の紹介】https://www.pref.kanagawa.jp/
docs/m2g/cnt/f417344/p18284.html

Epilogue
社会インフラの意義と醍醐味を饒舌に語る
土木ポスター

― 1枚のポスターが描く土木のショートストーリー ― 
■ “土木ポスター”を提唱します
土木の魅力と意義が凝縮された、たった1枚のポスターが、寡黙な土木施設(Infrastructure)を饒舌に語ることがある。秀逸な土木ポスターは、新たな発見と感動を生む。連載"土木が好きになる27の物語"の最終回Episode余話を期に土木ポスターを提唱したい。

Webサイト土木ウォッチングに投稿公開されたポスターコーナーのうち6つの事例をEpisode余話としてお届けしたい。紹介する土木ポスターは、その目的、対象、手法などが全く異なり、制作者がいわゆる土木屋ではないことも、新鮮な気付きに繋がる。対象とする土木たち(≒社会インフラ)は、その構造と役割が単純ではなく長い長い物語になるが、伝えたい一断面、輝く一断面を切り取るものである。

[Photo1]インフォグラフィックス:“さがみ縦貫道路”
インフォグラフィックスInfographicsとは、情報や概念を画像で表すもの。神奈川県を縦断するさがみ縦貫道路を題材とし、県内主要道路としてのインフラストック効果をグラフィックで伝えるものである。

[Photo2]ダムは生きている:ロックフィルダムの堤体挙動観測
ダムには膨大な水圧が作用し、環境条件も刻々変化し、時に強震動を受けることがある。このため安全性確認を目的とする常時堤体観測がなされている。この例では、ロックフィルダムを対象とした堤体管理計測と地震時挙動観測をコンパクトに表している。

1 インフォグラフィック:さがみ縦貫道路のインフラストック効果を探る【制作:東京都市大学環境情報学部社会メディア学科小池研究室】

2 ダムは生きている:ロックフィルダムの堤体挙動観測【提供:共和電業】

[Photo3]土木の不思議:よく似ている橋脚と歯科インプラント
橋梁に多用される単柱式橋脚(画像左)と人工歯根歯科インプラント(画像右)を併記比較している。両者は全くの別物で構造寸法も異なるが、驚くことにそのメカニズムは酷似する。ともに頂部に過大な荷重が作用する耐荷構造であることが共通する所以であり、数十年のミッションを託されている。

4 デザイナーズ土木:首都高速道路 五色桜大橋
【Copyright©2014 Wordleaf Corporation】【写真:林直樹氏】
3 土木の不思議:よく似てる橋脚と歯科インプラントのメカニズム
【インプラント画像:若林歯科医院】


[Photo4]“デザイナーズ土木”の提案:首都高速道路五色桜大橋
荒川べりに桜が咲くと、ダブルデッキ式ニールセンローゼ橋は、凛とした造形美を放つ。新参者の最先端橋梁が現地に受け入れられた瞬間である。五色桜大橋は高架橋としての100年間のミッションが託され、やがて原風景として溶け込む。

[Photo5]人類のために潰えたもの達:RC供試体へのオマージュ
破壊モードは曲げ破壊とせん断破壊に大別でき、耐力や変形などの実験結果は耐震設計に生かされる。学生達は実験を体験して多くを学び、そして耐え忍ぶ崩壊過程に感動すら覚える。このポスターは、“人類のために潰えた(ついえた)もの達へのオマージュ”でもある。

5 人類のために潰えたもの達:破壊した供試体へのオマージュ
【制作:東京都市大学都市工学科コンクリート研究室】


[Photo6]図書館企画展『DISCOVER DOBOKU』の会告ポスター
第7回 企画展のテーマは、”画像で巡る鉄道・道路・ダム・橋梁・空港”。中央に据えた明石海峡大橋の桁下から仰ぐ世界一の中央支間に平伏す思い。白抜きの企画展タイトルとともに、図書館企画展の開催趣旨を単的に伝えるものある。
6 第7回 東京都市大学図書館企画展「DISCOVER DOBOKU」【デザイン:アドカルチャー・ワークス】


吉川 弘道 関連サイト
Discover Doboku 日本の土木再発見 https://www.facebook.com/DiscoverDoboku
土木ウォッチング -インフラ大図鑑- https://www.doboku-watching.com/



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(Up&Coming '22 新年号掲載)

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