1.はじめに
特許法では、「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」(特1条)として、特許権者に発明を公開する代償として一定期間の独占排他権を認めています。これに対し第三者は公開された発明を利用することができ、権利者とこの第三者との切磋琢磨により、産業の発達に寄与できるとされています。 その上で、「特許庁長官は、特許出願の日から一年六月を経過したときは、特許掲載公報の発行をしたものを除き、その特許出願について出願公開をしなければならない。」(特64条)として、現行の日本の制度では出願された発明を一年六月を経過した後に世に公開することになっています。 今般、世界の知的財産権の重要性が大きくクローズアップされているところ、日本では主要国の中で唯一、出願発明を原則的にすべて公開する制度を有しています。また国内でなされた発明を外国出願する際に、最初の出願国として日本に出願させる義務を有していません。こうした中で世界の趨勢から、現行の出願公開制度や外国出願する際の措置を見直す機運が高まっていました。 その上で、「特許庁長官は、特許出願の日から一年六月を経過したときは、特許掲載公報の発行をしたものを除き、その特許出願について出願公開をしなければならない。」(特64条)として、現行の日本の制度では出願された発明を一年六月を経過した後に世に公開することになっています。 |
2.法律の趣旨
国際情勢の複雑化、社会経済構造の変化等に伴い、安全保障を確保するためには、経済活動に関して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止する重要性が増大していることに鑑み、安全保障の確保に関する経済施策を総合的かつ効果的に推進するため、基本方針を策定するとともに、安全保障の確保に関する経済施策として、所要の制度を創設する。
3.法律の概要[1]
- 基本方針の策定 等(第1章)
- 重要物資の安定的な供給の確保に関する制度(第2章)
- 基幹インフラ役務の安定的な提供の確保に関する制度(第3章)
- 先端的な重要技術の開発支援に関する制度(第4章)
- 特許出願の非公開に関する制度(第5章) 安全保障上機微な発明の特許出願につき、公開や流出を防止するとともに、安全保障を損な わずに特許法上の権利を得られるようにするため、保全指定をして公開を留保する仕組みや、外国出願制限等を措置。(施行期日
公布後6月以内~2年以内(段階的に施行))
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※なお、本法案成立の過程では、一~十七項に及ぶ「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案に対する附帯決議」が付記されています。その中で、特許出願の非公開に関する制度(第5章)の実施について配慮する旨記載されています。
以下では、特許出願の非公開に関する制度(第5章)について、その概要を紹介します。 |
4.特許出願の非公開に関する制度(第5章)
趣旨
特許出願の非公開制度を導入することにより、
- 公にすることにより国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が記載されている特許出願につき、出願公開等の手続を留保するとともに、その間、必要な情報保全措置を講じることで、特許手続を通じた機微な技術の公開や情報流出を防止する。
- これまで安全保障上の観点から特許出願を諦めざるを得なかった発明者に特許法上の権利を受ける途を開く。
以下では特許制度への影響が大きいと思われる事項を紹介します。
この制度は図1の流れにより施行される予定です。
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図1 特許出願の流れ |
- 特許庁で行う第一次審査では「対象技術分野」を指定します。この分野は国際特許分類[1]又はこれに準じて細分化したものに属する発明が記載されているとき、所定期間内(特許出願日から3月を超えない)に内閣府へ送付します。国際特許分類[1]は以下の分類、及びこれらをさらに細分化した分類があります。
Aセクション 生活必需品 Bセクション 処理操作;運輸
Cセクション 化学;冶金 Dセクション 繊維;紙
Eセクション 固定構造物
Fセクション 機械工学;照明;加熱;武器;爆破
Gセクション 物理学 Hセクション 電気
例えば「F41F5/04」は「F41F(砲身からの発射体または飛しょう体発射装置)」をさらに細分化した分類で、艦船からの発射装置(例.機雷,爆雷用)という分類となります。本法律は安全保障上機微な発明を対象としますので、武器が対象となると思われますが、民生用にも使えるデュアルユースの発明の場合は、非公開の対象となる可能性があります。
1.特許出願の非公開に関する基本指針を策定
「政府は、基本方針[2]に基づき、特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)の出願公開の特例に関する措置、同法第三十六条第一項の規定による特許出願に係る明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明に係る情報の適正管理その他公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明に係る情報の流出を防止するための措置に関する基本指針[3]を定めるものとする。」(第六十五条)
基本方針[2]とは、「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な方針」(第二条第一項)であり、以下の第二条第二項第一号~四号の事項を定めます(カッコ書きは省略)。
- 経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する基本的な事項
- 特定重要物資の安定的な供給の確保及び特定社会基盤役務の安定的な提供の確保並びに特定重要技術の開発支援及び特許出願の非公開に関する経済施策の一体的な実施に関する基本的な事項
- 安全保障の確保に関し、総合的かつ効果的に推進すべき経済施策に関する基本的な事項
- 前三号に掲げるもののほか、経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関し必要な事項
基本指針[3]とは、基本方針に基づいて特許法の出願公開の特例に関する措置や明細書等に記載された発明に係る情報の適正管理その他についての措置を定めます。
2.技術分野等によるスクリーニング(第一次審査)
- 特許庁は、公にすることにより国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明が含まれ得る技術分野(※)に属する発明が記載されている特許出願を、内閣府に送付
※核技術、先進武器技術等の中から下記3①②の観点を踏まえて絞り込んだもの
▶第一次・第二次審査中及び保全指定中は、出願公開及び特許査定を留保
3.保全審査(第二次審査)
- 「保全審査」(=発明の情報を保全することが適当と認められるかの審査)における考慮要素
- 国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれの程度
- 発明を非公開とした場合に産業の発達に及ぼす影響等
▶内閣府は、審査に当たり、国の機関や外部の専門家の協力を得、また、国の関係機関に協議
▶保全指定をする前に、出願人に対し、特許出願を維持するかの意思確認を実施
※経済安全保障法制に関する有識者会議「経済安全保障法制に関する提言」[3]では、次が提言されています。
- 非公開の対象となる発明として、公になれば我が国の安全保障が著しく損なわれるおそれがある発明という観点に加え、経済活動やイノベーションに及ぼす影響を十分考慮するべきこと、変化に応じて機動的に定められる枠組みとするべきとされています。
- 具体的な対象発明のイメージとして、
シングルユース技術:核兵器などの武器の開発につながる技術及び武器のみに用いられます。
デュアルユース技術:民生用にも使用可能であるため、我が国の産業界の経済活動や当該技術の研究開発を阻害し、かえって我が国の経済力や技術的優位性を損ないかねないおそれとの指摘があります。
- 発明の選定プロセスは、上記の制度の流れの通りです。
4.保全指定
- 「保全対象発明」を指定、出願人に通知(第70条、第71条)
※ 指定の期間:1年以内、以後、1年ごとに延長の要否を判断
※ 指定の効果:
▶出願の取下げ禁止(第72条)
▶発明の実施の許可制(第73条)
▶発明内容の開示の原則禁止(第74条)
▶発明情報の適正管理義務(第75条)
▶他の事業者との発明の共有の承認制(第76条)
▶外国への出願の禁止(第78条)
5.外国出願制限(第一国出願義務)
- 日本でした、「対象技術分野」に属する発明については、
まず日本に出願しなければならないこととする第一国出願義務を規定(第77条)
特許庁に対し、該当するかどうかの事前相談可能(第79条)
6.補償
- 発明の実施の不許可等により損失を受けた者に対し、通常生ずべき損失を補償(第80条)
- 善意実施者による通常実施権(第81条)
7.罰則
- 特許非公開制度、外国出願制限制度に関連するものとして第92条~第97条が挙げられます。
- 特に個人のみならず、会社にも罰則が適用されること、日本国外犯にも適用があることなどに留意すべきです。また、懲役もしくは罰金に処され、さらにこれらを併科されることもあります。
8.その他
- 特許法等の特例(第82条)、勧告及び改善命令(第83条)、報告徴収及び立入検査(第84条)、送達(第85条)などがあり、内閣府令・経済産業省令で定められます。
出典・引用
[1]首相官邸「経済安全保障推進法案の概要」
[2]第208回国会 第37号議案「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」
[3]経済安全保障法制に関する有識者会議「経済安全保障法制に関する提言」
監修:特許業務法人ナガトアンドパートナーズ
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