FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ2022カタール大会は、日本代表チームが初戦で優勝候補のドイツに2対1で勝利するという世界を驚かす大逆転勝利もあり、日本国内では大きな盛りあがりを見せた。
次の勝てると言われていたコスタリカとの試合は落としたが、もうひとつの優勝候補である強敵スペインを2対1でこれまた撃破。日本サッカーの成長と失敗を経験することのできた大会として、さらに大きな目標の「2050年W杯日本単独開催&初優勝」に向けて、頑張ってほしいと思う。
しかし、中東イスラム圏での初開催となったカタールW杯では、サッカーの試合以外でも重大な事件が続発した。それは「スポーツ・ウォッシング」に関する問題だ。
「スポーツ・ウォッシング=スポーツで洗い流す」とは「人気のあるスポーツ・イベントで多くの人々が興奮することによって、不都合な事実を忘れさせてしまうこと」を指す言葉だ。
過度の商業化と肥大化の結果、多くの人々が被害を被っているとしてオリンピック開催に反対する運動を続けているアメリカ・パシフィック大学政治学部のジュール・ボイコフ教授などが使い始めた新しい言葉だ。
カタール政府はW杯開催のため、スタジアム建設などで外国人(移民)労働者に劣悪な環境で仕事をさせ、英国メディアの報道によれば6千人以上の死者を出したという。
それに対して国際人権監視団体のHRW(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)は、FIFAにW杯の賞金総額4億4千万ドル(約610億円)と同額の補償金を用意するよう求めたという。そしてイングランドやドイツのサッカー協会も、FIFAに対してカタールの労働者に対する待遇改善と権利回復を要求する行動を起こすよう求め、西欧各国ではカタール政府に抗議するデモも頻発。フランスやドイツは、パブリック・ビューイングを取り止めた。
カタールでは同性愛が犯罪として法律で禁止され、女性の権利も大幅に制限されていることもあり、オーストラリアやデンマークなどの選手団が抗議の声をあげ、欧州7か国の出場選手は反差別を訴える虹色の腕章を着けて試合に臨もうとした。が、FIFAのインファンティーノ会長がそれを禁止。腕章着用の選手には即座にイエローカードを出すと警告。それにドイツ選手が反発し、グループリーグでの日本戦の前の記念撮影で、選手全員が手で口を覆うポーズをとり、意思表示を封じられたことに対する抗議の意図を示した。
イングランドの選手は、初戦の試合前にニーダウン(片膝を地面について、あらゆる差別に反対する意志を表す行為)を行い、対戦相手のイランの選手たちは、国歌が流れても全員が口を真一文字に閉じ、歌うことを拒否。それはへジャブ(女性が髪の毛を覆うイスラム教で義務づけられているスカーフ)の被り方が悪いとして警官に逮捕された女性が亡くなった事件に対する抗議だった。
それらはすべてスポーツ・ウォッシング(W杯の興奮で「事件」が忘れられること)を阻止しようとする行為だった。
が、FIFAのインファンティーノ会長は、欧州の「過去3千年に及ぶ差別の歴史」や「異民族への弾圧の歴史」「植民地の歴史」などを持ち出し、西欧諸国のカタール批判こそ「偽善」であると逆批判。日本サッカー協会の田嶋幸三会長も、「今はフットボール以外のことをいろいろ話題にすることは好ましくない。差別や人権の問題については当然私たちも改善したいと思っている。が、今はサッカーに集中するときだ」と語った。
たしかにイギリスでも、第二次大戦直後までは同性愛が法律で禁じられ、ナチスの暗号を解読した天才数学者のチューリングも、その「罪」で警察に捜査され、不当な圧力をかけられ続けたという事実も存在する。が、そのような過去の反省から到達した西欧の「人権意識」は、世界中に広めるべき「人類共通の真理」であるはずで、それをW杯で選手たちが広めようとする行為(腕章や様々なポーズ)がW杯の邪魔をするとは思えない。
|