もちろん打者に向かって投球する(勝負する)投手も、あらかじめ打者の打撃の特徴(打つのに得意とするコースや球種、変化球か速球か? 早打ちか待球タイプか?……など)に関する情報(その打者を打ち取るためのAIによる分析結果)は知らされている。
代打に新しい打者が現れたりしたときは、まさか投手がマウンド上でタブレットを見ることもできず、ユニフォームの尻ポケットから紙片を取り出し、情報を確認する姿も見受けられるようになった。
つまり現在のメジャーリーグのベースボールは、コンピュータによるビッグデータの情報集積と、AIによる情報分析による高度な「情報戦」(オシント=OSINT=Open Source Intelligenc=の闘い)になっているのだ。
日米通算4367安打の大記録を残したイチロー選手は、2018年の引退記者会見の席で、次のようなコメントを口にした。
「(メジャーリーグは)頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつある」
ということは、「頭(を使うこと)」はAI(人工知能)に任せ、選手はAIの指示通りに動ける体力と身体能力と技術を身に付ければ良い……ということか?
ならば全てのメジャーリーガーは、ヴァーチャル空間から指示を出す「AI(人工頭脳)のアバター(分身)」で、大谷翔平選手はAIにとって最も優秀な「アバター選手」というわけか?
しかし……人間の身体は、断じてヴァーチャルリアル(VR=仮想現実)の空間の存在でなく、あくまでもリアルな存在である。そしてメジャーリーグのベースボールも(もちろん日本の野球も)、コンピュータの画面に現れるゲーム空間のような仮想現実空間でアバターがプレイしているのではなく、現実のリアルな世界で、生身の身体を使って行われている。
その現実世界では、投手は時にボールを制御できず、AIの分析とは異なる投球をすることもある。その結果がホームランか、空振りかはわからない。が、時には投手の投球が打者を直撃する死球になることもあり、打者が大怪我をすることもあり、塁に出た選手が盗塁でスライディングをすればユニフォームは泥に塗れ……そして大谷選手がワールドシリーズで盗塁したときのように、肩の脱臼という肉体の大事故に見舞われることもある。
少々失礼な言い方になるが、大谷選手が二塁ベースに滑り込んだあと、左肩を右手で押さえて苦悶の表情を見せたとき、大丈夫かな?……と思った私は、同時に一種のカタルシス(浄化作用)のような清々しさを感じた。スポーツの凄さ、厳しさ、怖さ、迫力、そして、スポーツの素晴らしさを目の当たりにした気がしたのだ。
人間が生身の肉体を使って行うのがスポーツだ。そこを間違えてはいけない。大谷選手は、自らの肉体の限界に挑戦していたのだ。その姿は、AI(人工知能)が人間の知能を凌駕する特異点(シンギュラリティ)を突破する時代が迫っている現在と未来の、新しい人間の美しい生き方と言えるのではないだろうか。
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