|
||||||
|
広大なゼロメートル地帯を抱え、高い防災・危機管理ニーズに対応 木曽川下流河川事務所は、木曽三川下流部 ― 木曽川(河口から約23㎞)、長良川(揖斐川合流点から約25㎞)、揖斐川(河口から約27㎞)および揖斐川の支川である多度川と肱江川(揖斐川合流点から約2㎞) ― の河川延長約79㎞をカバー。当該エリアは愛知・岐阜・三重の3県、桑名市・愛西市・海津市・弥富市・木曽岬町の5市町に跨ります。 その一帯は国内最大級のゼロメートル地帯。堤防が決壊すれば壊滅的な被害をもたらす恐れがあるとされ、江戸時代初期には水害から家や田畑を守るため輪形に堤防を築く輪中の形成、近年では伊勢湾台風(1959年)による大きな被害が知られています。 そのような背景から同事務所は1887年、内務省大阪第四区土木監督署派出所として設置。その後、1948年に建設省中部地方建設局木曽川下流工事事務所、2001に国土交通省中部地方整備局木曽川下流工事事務所、2003年からは現行名称へと改称。事務所は現在、総務・経理・用地・占用調整・工務・管理・流域治水・河川公園・防災情報の9課、桑名流域治水・弥富・長島・海津の4出張所により構成。前述の主事業に加え国営木曽三川公園事業への取り組みを通じ、防災・危機管理、地域との連携、DX(デジタルトランスフォーメーション)・GX(グリーントランスフォーメーション)の推進に力を入れています。 そのうち今回お話を伺った管理課は、河川や堤防の除草や巡視、護岸、排水機場を始めとする河川管理施設の管理など、木曽三川の維持修繕を主要な業務としています。 両橋周辺向け緊急対策タイムライン作成と仮想訓練導入への流れ 「事務所の前を通っている国道1号(伊勢大橋)はかなり古いうえに道路自体が低く、特に橋梁周辺の堤防は高さが不足して(現況堤防高が高潮に対する必要堤防高を下回って)おり、一部が開口になってしまっています」 同事務所管理課河川管理室の藤田純治室長(管理課長)は、窓外からみえる伊勢大橋を指し示しながら既存橋梁周辺の抱える課題、その対策として進行中の新橋建設(伊勢大橋架替)について概説。他方、新橋の供用開始までにはまだ年月を要するのに加え、尾張大橋では架替の具体的な計画もないことなどから、管理を担う事務所として既存の条件下で大規模水害に備えた当面の対策が求められたと言います。 その具体例が、越波・越水の恐れがある両橋周辺を対象とする緊急対策です。これは、大型台風による高潮を想定し、普段から各橋梁近傍の仮置き場に大型土のうを保管。いざという時には、事前に周辺の国道1号および堤防天端道路(市道)に通行止めの予告を出したうえで、それらの土のうをダンプカーで運び堤防の低い所定の橋詰部に設置。水防活動終了後は土のうを撤去し、交通規制を解除するというもの。ただ、一連のプロセスでは河川管理者のみならず道路管理者や自治体、警察など多様な関係者間での課題の共有と連携が重要。そこで2021年頃から、通行止めの実施・解除や土のうの設置・撤去に要する時間、関係する作業の役割分担について検証。併せて、緊急対策を迅速かつ的確に実施すべく、実施事項や実施主体を時系列で整理した「タイムライン(緊急対策行動計画)」を作成。地域住民への周知を図るとともに、それに基づく大型土のうの設置訓練やタイムライン机上訓練が関係機関により取り組まれてきています。 大型土のう設置訓練は当初、木曽川河川敷に国道1号や橋詰部の現地状況を再現するなどし、実際に土のうを運搬・設置する作業を実施。とは言え、国道1号を実際に通行止めにして緊急対策の訓練を行うことは容易でなく、訓練場所を現地通りに再現しきれないなどの制約もあり、VRによる仮想訓練の導入が着想されました。
緊急対策検討会に仮想訓練を適用、具体的な成果も 「VRで、国道1号を通行止めにする話を単に見るためだけではなく、せっかくなら自分でバックホウを操作。大型土のうをダンプトラックに積み込み、設置していくことがゲーム感覚で出来るようにしたい」 ― そうなれば、作業の流れを誰もがイメージしやすく、作業に要する時間の検証も可能。また、一般の人が触れられるように出来れば自身らの取り組みのPRにもなるのでは、と考えられた。藤田室長は仮想訓練システムの構築(2023年度)に向けた狙いをこう振り返ります。 同システムは、国道1号の尾張大橋と迂回路へ誘導する看板設置箇所を含む区間をリアルタイムVRで作成。日中と夜間で異なる視認性や交通量の変化を体感できるよう意図されています。まず、高潮発生の予報を踏まえ、尾張大橋橋詰部手前の主要交差点に通行止めの予告看板を立てて交通を規制。これにより同国道を走行するクルマが迂回路へと流れる様子を再現。 また、大型土のうの設置・撤去に関しては、左岸か右岸の複数パターンの中からシナリオを選択。そのうえで、それぞれ土のうの仮置き場と橋詰部を担当する2名が同時にバックホウを操作できる仕組みです。 前述のように当該エリアは、伊勢湾台風による大規模な浸水被害を経験していることから、弥富市・桑名市・木曽岬町を始め、関係する道路・河川管理者、警察署から成る「木曽三川下流部緊急対策検討会」(運営:同事務所)を組織。尾張大橋と伊勢大橋の橋詰周辺における水害対策に向けた役割分担の明確化、一体的かつ計画的な対策推進を目的に協議・検討を進めています。その中で、情報伝達訓練やタイムライン見直しなどに仮想訓練システムの活用が位置づけられています。 これまでの利用を通じ、例えば大型土のうを仮置き場から設置場所へ運ぶのに要する時間の短縮を図るべく検討。仮想訓練の結果を反映し、仮置き場を変更して効果を実現。また、悪天候下の夜間を想定したシミュレーションでは照明車の位置による作業効率性の検証も行っています。 さらに、実際に同システムに触れた自治体や警察などの関係者、事務所職員らからはゲーム感覚で楽しめるとともに、そのもたらすイメージのしやすさが評価されているといいます。
今回システムの構築を機に広がる期待と可能性 構造設計のみの業務に対し、契約条件とし「バックホウを使って大型土のうをダンプトラックに積み込むのですが、今回作成した仮想訓練システムではバケットを土のうに近づけ重ねると、10秒ほど暗転して『土のう取付け中』、下ろす際は同様な形で『土のう取外し中』の文字が示されます」。つまり、土のう上部の紐をバックホウのフックに引っ掛けたり、設置位置を微調整して取り外したりする作業の細かな表現は予算的な制約もあって簡略化。出来上がってみると、その部分も実際の作業に即して再現していれば操作のリアリティが増すとともに、作業に要するリアルな時間の計測も可能になるのでは、と藤田室長は見方を述べます。 一方、同氏は今回シミュレーションを、前述の緊急対策に関連する交通の渋滞予測、あるいは近隣8市町村で組織する「広域避難実現プロジェクト」(事務局:同事務所)などとリンクさせることによる可能性の広がりにも注目。迂回路自体はあくまでも道路管理者の役割としつつ、国道1号が絡むことで緊急対策による通行止めが「どこにどういう渋滞をもたらすか」の把握にも資するはず。しかも、各自治体が有するハザードマップ系の情報とも連携すれば地元住民らの円滑な避難誘導に繋がるのでは、と言及します。 加えて、同室長は、ローカルなアプリケーションにより構築した同システムを、協議の場や広報といった場面にも広げることを踏まえて、クラウド上で活用できるプラットフォームとしての展開も視野に入れます。 同事務所では、ナローマルチビーム測深機なども駆使し3次元管内図を整備しており、その作成に自ら携わってきた流域治水課流域治水企画室の河合郁弥・流域調整係長は、その成果の有効活用に期待。これに関連して、藤田室長は今回のシステムを含め防災や国営公園など同事務所の様々な事業に関する情報に、Webブラウザを介していつでもどこからでもアクセスし関係者間で共有できるWebVRプラットフォーム「F8VPS」の将来的な利用可能性を描きます。 「3次元管内図のデータを使ってメタバースを構築すれば、よりリアルな仮想空間の実現に繋がる。そういう活かし方は出来ると思うのです」。
|
||||||||||||||||||||
執筆:池野隆 (Up&Coming '25 新年号掲載) |
|
|||||
|
LOADING