連載 【第14回】
慢性の痛みとつきあう

profile
 関西医科大学卒業、京都大学大学院博士課程修了、医学博士。マウントシナイ医科大学留学、東京慈恵会医科大学、帯津三敬塾
クリニック院長を経て現職。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医、日本心療内科学会上級登録医・評議員、日本心身医学会専門医、日本森田療法学会認定医。日本統合医療学会認定医・理事。日本ホメオパシー医学会専門医・専務理事。日本人初の英国Faculty of Homeopathy専門医(MFHom)。2014年度アリゾナ大学統合医療プログラムAssociate Fellow修了。『国際ホメオパシー医学事典』『女性のためのホメオパシー』訳。『妊娠力 心と体の8つの習慣』監訳。『がんという病と生きる 森田療法による不安からの回復』共著など多数。


長引く腰痛や頭痛、頸部の痛みなどで悩み、病院に行っても原因がわからず、痛みを抱えながら仕事を続けている人も少なくありません。このような痛みは精神的なストレスがかかわっていることから複雑な要因で慢性化し、痛みそのものがストレスとなり苦悩が生じ、悪循環に陥っていきます。今回、慢性の痛みを取り上げ、痛みとのつきあいを考えてみます。

痛みと苦脳

痛みは「不快な感覚性と情動性の体験であり、それには組織損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものがある」と国際疼痛学会(IASP)で定義されています。主観的な感覚で、精神的、感情的な修飾を受けやすく、他者からは理解されないものです。痛みが長くなることで、痛みが続くということ、原因がわからないことや治療法がないことから不安になり、痛みそのものがストレスとなって抑うつ状態や他の身体症状と引き起こすことも少なくありません。痛みの存在が苦悩となってなっていき、痛みが苦悩となって悪循環に陥っていきます。アルバート・シュバイツァー博士は「Pain is more terrible load of mankind than ever death itself」と述べ、時に痛みは死を超える苦悩であるといえます。

急性痛と慢性疼痛

痛みには急性痛と慢性疼痛があります。(図1、図2)急性痛は侵害刺激に講じて侵害受容器が反応して、そこからシグナルが脳に伝わって、生じる痛みです。痛みの発する炎症や外傷など末梢の器質的病変があります。これは身体の異常を知らせる生体防御反応でもあるのです。慢性疼痛は「治療に要すると期待される時間の枠を超えて持続する痛み、あるいは進行性の非がん性疼痛に基づく痛み(IASP)」です。一般的に3か月以上長く続く痛みのことを慢性疼痛といっています。その中には痛みの原因そのものが持続する、器質的要因が大きい、三叉神経痛、片頭痛や群発頭痛などの頭痛疾患、関節リウマチなどもあり、痛みそのものが病気で、神経系の可塑性に基づいて起こっているのもあります。一方、痛みの原因がなくなっても、局所より全身的な痛みとして表現され、痛みの訴えと理学的な所見と一致せず、他の身体症状と共に複雑な病態も存在します。線維筋痛症は長期にわたる激しい全身の痛み多彩な心身症状を呈する慢性疼痛です。40~50才前後の女性に多く見られます。発症の要因として身体的外傷や過重な負荷、女性の内分泌的内的環境の変化や、ライフ サイクル上の心理社会的ストレスも大きく関係するといわれています。

図1 図2

痛みとつきあう手助け

1)マインドフルネス
今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること(日本マインドフルネス学会定義)」をマインドフルネスといいます。今、ここに意識を集中する練習をします。痛みと、痛みによってもたらされたネガティブな考えや不安や恐怖などは無意識のうちに一体化し、そこから痛みが増幅され、悪循環となっていきます。マインドフルネスの練習では痛みを、意識的に、ありのままの現象として観察します。この練習を通じて、痛みが考えや感情、私自身とは、別個のものであることを理解していきます。具体的にはマインドフルネス低減法という8週間のプログラムを行うなかで、身体各部を観察するボディスキャンや座る瞑想などが役に立ちます。

2)森田療法
森田療法はフロイトと同じ時代から行われている日本の精神療法です。痛みと苦悩の悪循環からぬけ出る方法として役に立ちます。慢性の痛みでは痛みに「とらわれ」ていきます。痛みのある場所にその原因を求め、その原因を取り除こうと努力します。痛みや痛みから生じる不安や恐怖をコントロールあるいは打ち消そうとすると、かえって痛みに意識や注意が集中することになり、痛みが増強し苦悩となり、悪循環に陥ります。森田療法の考え方では、痛みへの「とらわれ」からなる悪循環を断ち切るには、痛みがあっても目の前のできること、日常の活動に目を向け生活を楽しむように行動することからはじめます。具体的には人との楽しい食事や、自然を近くに感じる行動や、ワーキングやハイキングなど痛みがあってもできる経験を通して、日常生活の中でも痛みにとらわれない生活の習慣ができるようになることを目指します。

3)運動療法
痛みの軽減にはストレッチ、テレビ体操、ワーキング、水泳など負担が少なく、日常生活活動につながり、持続性の高いものがよいとされ、特にストレッチは有効性が報告されています。運動の強さで、今現在できる範囲ではじめ徐々に増加させ、特に痛みを訴える部位に執着することは避けることが大切です。
この痛みさえなければ仕事がもっとうまくやれる、生活がエンジョイできるのに、この痛みをコントロールしたい、取り除きたいという考えから意図的に離れてみましょう。今、痛みがあってもできること、体の負担のない範囲で動かすこと、行動することが痛みとつきあうことの第一歩です。



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(Up&Coming '21 盛夏号掲載)
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