五洋建設株式会社
技術研究所 土木技術開発部 課長 宇野 州彦
使用製品 Engineer’s Studio® Ver.10
3次元ファイバー要素とReissner-Mindlin理論に基づく平板要素を備え、それらの材料非線形、幾何学的非線形を考慮した静的解析・動的解析が可能なプログラムです。設計照査を支援する機能に加えて、本レポートでは、詳細な地震被害分析や、劣化構造物の残存耐力評価など、耐震対策や維持管理の分野における有効な活用方法が紹介されています。
研究開発の観点から見た構造解析ソフトの活用について
五洋建設株式会社 技術研究所 土木技術開発部 課長
宇野 州彦(うの・くにひこ)
2005年に五洋建設株式会社に入社。陸上構造物および港湾構造物の施工管理を経て本社土木設計部に配属となり、港湾構造物や橋梁の耐震設計業務に従事する。その後技術研究所に所属し、陸上構造物や港湾構造物の研究開発を行う。これまでの研究開発成果は現場や営業において活用されているものもあり、対外的評価としても日本道路協会論文賞、日本港湾協会論文賞、土木学会や地盤工学会の優秀講演賞などを受賞。土木学会等の学協会での講師や委員会活動等多数。博士(工学)、技術士(総合技術監理部門/建設部門)
構造物の設計段階において、構造解析ソフトを活用することは一般的になってきている。今回紹介する「Engineer’s Studio® Ver.10」は、構造解析ソフトで通常得られる応力や変位といった解析結果だけではなく、その結果を用いて、例えば「道路橋示方書」や「コンクリート標準示方書」に基づいた設計照査までを行うことが可能となっており、設計ユーザーにとっては非常に有用性の高いソフトではないかと思われる。さらにレポート出力機能もあるため、報告書作成の一助となっている。また、これも大きな特徴であるが、解析結果の可視化等のビジュアル面にも非常に優れている。従来の構造解析ソフトは、計算手法としては骨組解析であることから、解析モデルも骨組構造で示され解析結果も数値で表記される、あるいは別途ファイルで数値が出力されるのみといったことが多く、発注者や一般の方へ説明を行う際には、理解を深めてもらうためにより分かりやすい図を別途作成する必要があった。「Engineer’s Studio® Ver.10」では解析モデルを構築した段階で解析対象としている構造の形状が表現でき、また解析結果もコンクリートや鉄筋の損傷状況を配色で分かりやすく表現されるため、そのまま説明資料として活用できることから、設計者や解析担当者の負担を大幅に低減することに役立っている。これは生産性向上や働き方改革の観点からも非常に有効な機能である。私も設計部に所属していた当時から「Engineer’s Studio® Ver.10」を利用しており、これらの機能には非常に満足している。
このような中、令和3年7月に静岡県熱海市で発生した土石流(写真1)について、一般住民が撮影及びSNSにおいて公開された動画を受けて、より一層の土石流被害に対する国民の関心が高まった。
今回は、現在私が所属している研究開発を行う部門において、「Engineer’s Studio® Ver.10」がどのような有用性があるのかについて、いくつか事例を示しながら紹介したいと思う。
ここでは、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震において発生した鉄道高架橋の被害を対象に、「Engineer’s Studio® Ver.10」を活用して被害分析を行った事例について紹介する。
東北地方太平洋沖地震では、各種構造物で甚大な被害が発生した。東北新幹線の鉄道高架橋においても損傷が発生している。ここでは、損傷度B1の被害が生じた高架橋2)(図1)を対象に推定地震動による3次元非線形動的解析を実施し、各柱部材および高架橋全体の地震時挙動を把握して、どのような過程で柱部材が損傷を受け、また各柱部材(中間柱と端部柱)において損傷度になぜ差異が生じたのかについて動的挙動に基づいた推察を行った。
これまでの被害分析結果3)として、高架橋において地震時に「回転変形モード」が卓越し被害が発生したと推察されているが、「Engineer’s Studio® Ver.10」を活用することで、対象高架橋を3次元でモデル化し(図2)非線形動的解析を行うことができるため、被害原因についてより詳細に把握することが可能であると考えられる。
図2 解析モデル
まずは「Engineer’s Studio® Ver.10」で対象高架橋の固有値解析を行うことで、各振動モードと推定地震波形の関係性に着目した。固有値解析を行った結果、高架橋の回転変形モードが励起されることが示され(図3)、このモードの振動数が推定される地震波の卓越領域に出現することが明らかとなった。
次に、推定地震波を用いて動的解析を行った結果の一例を紹介する。中間柱および端部柱の柱中央部におけるせん断力の応答時刻歴を図4に示す。図中には、断面計算したせん断耐力値と軸方向鉄筋の降伏点およびコンクリートにおいて圧縮ひずみが圧縮強度時のひずみを超えた点も示している。まず、中間柱および端部柱のいずれにおいても、地震時に発生するせん断力は耐力と比較して小さな値であった。このことは実際の被害としてせん断破壊していないことからも整合する。また中間柱と端部柱の応答を比較すると、端部柱の応答が大きいことが分かる。紙面の都合で掲載を割愛したが、線路方向においても同様の結果であった。
また、「Engineer’s Studio® Ver.10」はファイバー要素を用いたモデル化も可能であるため、柱の損傷状態も把握することができる。柱上部断面において、圧縮ひずみが圧縮強度時のひずみを超えた箇所および主鉄筋降伏の分布図から、端部柱の方がより広い範囲に損傷が分布していることが分かる(図5)。
さらに、いずれの柱においても、上部または基部において大きな断面力が発生していることも明らかである(図6)。端部柱と中間柱を比較すると、曲げひび割れ以上の損傷に関しては、端部柱の方がより広い範囲に分布していることが分かり、実被害と整合する。
このように、「Engineer’s Studio® Ver.10」に搭載されている固有値解析機能や、ファイバー要素を使ったモデル化を行うことで、地震被害分析を詳細に行うことができた。「Engineer’s Studio® Ver.10」は先述したように損傷結果のビジュアル面にも大変優れていることから、地震被害の状況を広く伝え理解してもらうことが可能であり、今後の耐震対策に非常に役立つものと考えている。
「Engineer’s Studio® Ver.10」は、維持管理に関する研究開発においても非常に有用なツールである。ここでは、上部工鉄筋が腐食劣化した桟橋を対象に、「Engineer’s Studio® Ver.10」を活用して劣化度判定結果から桟橋の残存耐力評価を行う手法を開発したのでご紹介する。
桟橋は港湾構造物の中でも塩害に対して特に厳しい環境に置かれており、建設後50年以上経過する公共の港湾施設の割合は、2020年3月で約21%、2030年3月に約43%、2040年3月に約66%に達するとされている5)。港湾法の改正により港湾施設の点検が義務化されたこともあり、より適切に維持管理を行っていくことが施設管理者には求められている。
これらを踏まえ、弊社では東京工業大学と共同で、一般定期点検から得られる劣化度判定結果を用いて比較的容易に桟橋の残存耐力を評価する技術を開発した。一般定期点検では、劣化度はa~dの4段階で示されるため、これらの劣化度に応じた構造解析に用いる骨格モデルを用意すれば、「Engineer’s Studio® Ver.10」を用いて残存耐力を評価することが可能になる。
そこで、各劣化度に応じた試験体を用意し、載荷実験を行うことで骨格モデルを算定した。
図8 載荷実験結果の一例
載荷実験で得られた荷重-変位関係から骨格モデルを算定することで、「Engineer’s Studio® Ver.10」でのモデル化が可能となった。「Engineer’s Studio® Ver.10」の特徴として、鉄筋コンクリートの断面および配筋を入力することで自動的に骨格モデルを算定できる機能を有しており、これは設計をする上で非常に有用である。また「Engineer’s Studio® Section Ver.2」とも連動しており、構造断面の耐荷性能について各種設計基準を用いて容易に評価することも可能となっている。一方で骨格モデルをユーザーが自由に設定することも可能であるため、今回の実験で算定した骨格モデルを適用することも可能である。今回提案している骨格モデルは、健全な梁における骨格モデルに対して、各劣化度に応じて剛性および耐荷力に低減率を乗じて設定することも可能であるため、例えばあらかじめ健全な梁と想定した上で健全な梁の骨格モデルを算定しておき、そこから低減率を乗じた骨格モデルを設定し直せばよいこととなる。この低減率の導入に関して、「Engineer’s Studio® Ver.10」のソフト上で自動設定することができれば、より容易に残存耐力を評価することが可能であるため、今後の機能拡張について期待したいところである。
ここからは、劣化した実桟橋を例に残存耐力評価を行った事例を紹介する。
図9に対象とする実桟橋の解析モデルを示す。この桟橋は点検調査を行った結果、図10に示す劣化度判定結果が得られている。なお、図中に丸印で示している梁は鉄筋破断の可能性がある梁である。
このような劣化した桟橋に図11に示す入力地震動が作用した際にどのような損傷が発生するのか、すなわち桟橋の残存耐力がどの程度であるのかを「Engineer’s Studio® Ver.10」を用いて評価する。
図11 入力地震動
解析結果を図12に示す。なお今回は梁の損傷結果のみ表示しており、杭の損傷状態については示していない。図に示すように「Engineer’s Studio® Ver.10」を活用することで、劣化度に応じた骨格モデルを用意すれば、劣化した桟橋の残存耐力を評価することが可能であることが示された。これは今回示した桟橋だけでなく、様々な構造形式においても展開していくことが可能であると考えられる。
「Engineer’s Studio® Ver.10」は各種構造物を設計する際に非常に有用なソフトであることは、このソフトを利用される方にとってはすでに周知のことであるが、研究開発を行う上でも非常に強力なツールである。今後も地震被害分析や耐震対策、また維持管理の分野においても「Engineer’s Studio® Ver.10」が広く活用されると思われる。また最近ではAI技術を用いた損傷評価技術6)も導入されているが、AI技術導入の前提として、またその精度向上を図るためにも構造解析は必須である。今後も様々な場面で「Engineer’s Studio® Ver.10」が活用されることを期待したい。
参考文献
(Up&Coming '22 春の号掲載)
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