未来を可視化する
長谷川章のアート眼
vol.13
社会の未来を語るキーワード「シンギュラリティ」をテーマに、
長谷川章のアート眼が捉えるものを連載していきます。
人類が生命を超え、加速する未来を可視化する鍵を探ります。

長谷川 章(はせがわ あきら)氏
中国中央電視台CCTVのステーションロゴを始めNHKのオリンピックオープニング(1996)、ニュースタイトル、TV-CMなど数千本の制作してきた長谷川章が、日本人の持つ無常の精神から空間・環境のアーティスティックなソリューションであるデジタル掛軸を発明し今日のプロジェクションマッピングの創始者となった。

 Akira Hasegawa

真のデジタルアートとしてのデジタル掛け軸
~デジタルだからこそ捉えることができた人類初の移ろいを視覚化したアート~

デジタル掛け軸こそが真のデジタルアート

近年、NFT でデジタル作品が売買されているが、それらの作品はすべてアナログ作品をデジタルへ
焼き直したものにしか過ぎない。
真のデジタルアートは最初からデジタル生まれであるデジタル掛け軸だけと言える。
そもそもデジタル掛け軸は始まりがあって終わりがあるといった映像作品ではなく、10 年をかけて作画してきた
デジタルイメージをコンピューターでシャッフルしてアルファブレンドする常にリアルに生成する永久映像のアプリケーションである。
人類数千年の歴史において、デジタル技術を手にした人間が初めて捉えた芸術体験である移ろいこそが
デジタルアートの新しい概念を作り、アートの歴史における特異点を切り開いた。

なぜ掛け軸なのか

掛け軸とはなにか、そしてどこに、いつ掛けられるのか?
もともと、掛け軸は床の間に掛けられるようになったが、床の間とはそもそも座敷の空白であり、
掛け軸はその空白の間(空間)に掛けられてきた。
そして掛けるタイミングは春夏秋冬の季節の間であり、朝と夜の変化の間であり、また客と客の来訪の間である。
つまり掛け軸は空の間と時の間に掛けられてきたのであり、いわば時空の「間」の象徴なのである。
デジタル掛け軸は時空の間の永遠の「移ろい」を体感するアートであり、掛け軸の名はここから由来している。

「移ろい」とはなにか

どんなに時間を細かくしても、どんなに空間を細かくしても、人はその間に無限を感じることができる。
その感覚は、人間の物理的な認識機能に寄るものではなく、自分自身の心が創り出したものである。
人間の認識は最終的に網膜の解像度や神経伝達物質の反応速度といった物理条件によって制約されるが、
人の心はその物理的な限界を超えることができる。
この感覚を「移ろい」という。
ダヴィンチに始まり、ミケランジェロ、北斎、ピカソ……と時代ごとに芸術は生まれ、育まれてきたが、
それらはすべて物事を止めて描写するという固定化を伴うものであった。
これに対し、デジタル掛け軸は「移ろい」という全く新しいアート表現を発明した。
音楽も移ろう芸術であるが、音は視覚で捉えることができない。
そこで、世界で初めて「移ろい」の視覚化を実現したのがデジタル掛け軸なのである。
デジタル掛け軸はなにかの表現ではなく、観る者の心で、自ら美を創り出す営みのことである。
その「移ろい」を捉えられるのはあなた1 人。そして1 度きり。
だからこそ、デジタル掛け軸の体験は一期一会なのである。
つまりは「目を開けて夢を見る」。
それは自然現象を捉える感覚に等しい。
神道がいうところの「なにも語らず、なにも飾らず」。
神道には唯一実体としての神の存在がない。
同様にデジタル掛け軸にも意味や物語やタイトルはない。ただただ永遠に移ろい続けること。
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。(方丈記)
色即是空、そして一期一会ということ。

「移ろい」生命・人

月や太陽の運行、地球の回転、植物や子どもの成長、暮れていく夕焼けなどは止まって見えるが、
その実ゆっくりと移ろっている。
生命は誕生以来、そのような移ろう環境の中にあり、また自分自身も移ろっていく。移ろいはまさに生命の記憶だと言える。
いま現代人は情報の激流にもまれ、生命に流れる時間の雄大さを見失っている。移ろいを忘れているのだ。
その移ろいを体感するとき、一人ひとりがそれぞれに今生きていることを実感するのだ。

2021 年 5 月22 日
越前大仏清大寺×デジタル掛軸


デジタル掛軸×FORUM8タイアップ企画シリーズ 今後の開催予定

2021年10月23日(土)~10月24日(日)
石川県金沢市 国立工芸館 「DK ART SURPRISE(仮) 国立工芸館×デジタル掛軸」


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(Up&Coming '21 秋の号掲載)

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