エレクトロニックコントロールコンポーネント部は同事業グループを形成する準事業部という位置づけで、EPSを構成する電気・電子製品に関する技術開発を担当しています。部内にはさらに、機能別に役割を特化した複数の室を配置。そのうち、中根氏が室長を務める電気制御技術企画室は、当該分野の製品開発と併せ、将来の技術動向を視野に事業戦略を検討。これに対し技術室は、開発された製品の量産化に向けた詳細設計などを行っています。今回、2系統EPSの体感用シミュレータの構築を担当した有元一美課長が所属する電気制御技術室技術4課は、開発された製品を量産化する前段として、各種のEMC試験や環境試験を通じ多様な視点からそれらを評価。また、UC-win/Roadを使ったシナリオ作成やシミュレータ開発に携わった天草秀樹担当係長は、技術4課において実車を模擬した装置を使った製品の試験に取り組んでいます。
同社は今日、国内の各拠点に加え、世界38ヵ国に約200社のグループ会社を構え、それらに従業員約15万人を擁するグローバルな自動車部品メーカーとして展開しています。
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デンソーギャラリーに展示されている「2系統EPS」の実物 |
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EPSのメリット活かし、課題をクリアする2系統EPSを開発
中根氏はまず「ハンドルからタイヤを動かすところまでが基本的なEPSのシステム」と表現。その上でEPSを構成する、1)トルクセンサーなどの信号に基づき、2)ECU(Electronic Control Unit)が最適なモーターの出力(アシスト力)を算出し、3)ECUからの指令値に基づいてモーターを駆動する ― という3要素がエレクトロニックコントロールコンポーネント部の担うミッション、と位置づけます。
1980年代後半、エンジン出力の小さな軽自動車向けに初めてEPSが搭載された以降、それまで主流だった油圧式パワーステアリングからEPSへの置き換えが徐々に拡大。油圧はエンジンの出力を利用して取り出されるため、エンジンがかかっている間は常時生成。油圧の配管スペースを取る上、廃油も発生します。それに対しEPSは、必要な時だけ電気的にアシストする形のため、搭載性に優れ、燃費向上に貢献。エンジンの停止中もハンドルを軽く切れるなどのメリットがあり、2000年頃から急速に普及してきました。
クルマに搭載されている他電気製品と同じようにEPSも多くの電子部品により構成されており、きわめて稀にとは言え、そこに問題が生じる確率はゼロではありません。しかも、パワーステアリングに問題が生じるとハンドルが急激に切りにくくなり、交通事故にも繋がりかねないことから、何等かの対策が迫られてきました。そのソリューションとしてデンソーが世界に先駆けて開発したのが、前述の2系統EPSです。これは、電子回路とモーター巻線を2系統備え、アシスト力をそれぞれ分けて支え合う仕組み。万が一、片側の系統に不具合を来しても、もう片方が瞬時に曲がる機能のアシストを継続。安心・安全でスムーズな走行を維持できるよう設計されています。
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1.従来のEPSで市街地を走行
(ハンドルは軽く軽快に運転) |
2.従来のEPSで問題が発生
(ハンドルが重く操舵が困難) |
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3.2系統EPSで問題が発生
(ハンドルは軽く普段と変わらない) |
4.自動運転において2系統EPSで問題が発生
(自動運転継続が可能) |
EPSドライブ・シミュレータのVR映像:一連のシミュレーション体感により、2系統EPSの製品評価を訴求している |
2系統EPSの効果を体感可能なDS開発の流れ
「(2系統EPSを搭載しているクルマであれば)安心です、と言葉でいくら言っても、(実際に)モノに触らないと、なかなか(そのもたらす)嬉しさは(人に)伝わりません」
先行して2系統EPSを商品化したとはいえ、競合他社が追随する動きも窺われることから、そのもたらすメリットを早期に広く認知してもらいたい。また、EPSに関してはティア2(二次下請け)のビジネス形態にあるが故の制約を解き放ち、自社の技術力に対するユーザーの認知度を上げたい。特に一般的なEPSで問題が生じた場合、ハンドルが重くなることは頭で理解できたとしても、運転にどれほどの影響が及ぶかまで想像するのは困難です。そうしたニーズや課題への効果的なソリューションを探る中で、「経験してもらうのが一番」とはいうものの、実車を使って運転への影響を知ってもらおうとすれば危険性があり、試乗する場所や人数も限定されざるを得ません。そこで、より多くの人に2系統EPSを安全に体感してもらうため、EPSドライブ・シミュレータ(DS)の開発が着想された、と有元氏は述べます。
2013年、社内の他部署で別の用途に使われていたUC-win/Roadを借用し、自身らでジグザグの単純な道路をVRにより表現。市販ゲーム機を分解して部品活用をしながら、より実車に近いフィーリングのハンドル機構(ハード)とVRデータをリンク。被験者に運転してもらい、2系統EPSに万一問題が生じるとどうなるか体感できるモノを構築。その年の「東京モーターショー2013」に併設したプライベートブースで、取引のある顧客に限定して同DSを体験してもらったところ、期待以上に好評を得ました。
これを受けて翌2014年にUC-win/Roadを本格的に導入。有元氏らがシナリオを考え、実際の街並みを走行するシーンのVRデータを作成。アクセルやブレーキ、EPSの制御操作などをケーブルで繋ぎ「アナログ的にデータをやり取りしながら」(有元氏)操作することで、通常のEPSと2系統EPSとで問題が起きた場合の違いを体感できるDSを内製。社内の新製品展示会などに利用されました。
2015年からはCAN(Controller Area Network)通信を採用し、UC-win/RoadとDS側の各種データをやり取りする形に変更。その結果、開発期間が短縮し、仕様変更が容易化したほか、多様な情報の連動によりシミュレーションのバリエーションも広がりました。加えて同年、2系統EPSの量産化がスタート。DSも表舞台で公開できるようになり、東京や独フランクフルトのモーターショーにも出展。それに合わせ、海外イベント用に英語のガイダンスで欧米の街並みを右側走行するバージョンも作成しています。
以降は、どんなシナリオを組めば理解してもらいやすいか試行錯誤しつつ、天草氏を中心に毎年VRをバージョンアップ。2016年には高速道路を自動運転で走行中に万が一EPSに不具合が発生したらという想定でシナリオを作成。その成果は「ITS世界会議メルボルン2016」で公開されました。
さらに今年は、市街地の一般道と高速道路での走行をミックスする形でVRを作成。最新バージョンを搭載したDSは横浜(5月)および名古屋(6月)の「人とくるまのテクノロジー展」に出展されています。
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展示会出展中のEPSドライブ・シミュレータ |
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EPS DSに対する評価、新たな可能性への期待
「私たちBtoB(企業間取引)のメーカーでは、エンドユーザーの生の声を聴く機会があまりないのです」。それが同DSを体感した被験者から直接反応を得られることで、関係者のモチベーションが上がり、品質向上にも役立つはず。加えて自身、昨年まで海外に赴任、「フランクフルトモーターショー2015」では説明員も務めた経験から、一般ユーザーへの分かりやすさはもちろん、内外の競合他社にインパクトを与えられるはず、と中根氏は実感を述べます。
また、2014年バージョンの同社DSでUC-win/Roadを使って作成された映像に初めて接した天草氏は、「映像がすごいな」というのが第一印象と振り返ります。以来毎年、バージョンアップを重ねるごとに映像が進化。その背景に関連し、2016年から同DSの製作に自身が携わる観点も交え、フォーラムエイトのサポートの充実に言及します。
一方、製品評価のプロセスで実車を用いた試験のみでは制約もあることから、シミュレーションによる評価へのシフトが注目されます。そのためには、DS自体が一層高度に各種リアリティを実現していくことが不可欠。有元氏は自動車関連分野で近年ホットな自動運転や高度運転支援、コネクテッドカー、電動化などへの対応を視野に、今後の製品評価プロセスにおける同DSの新たな活用可能性に期待を示します。
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