「建物の免震・制震の効果とか、(地震により)どんな家具がどういう揺れで倒れたり、どのくらい動いたりするのか、といった室内の被害評価を私個人の研究テーマとしては長くやってきています」
清水建設株式会社技術研究所安全安心技術センターの金子美香センター所長が約30年前の入社とともに配属されたのは、大崎順彦・元東京大学名誉教授の同社副社長就任に合わせて発足(1982年)した大崎研究室(当時)でした。そこでは20年近くにわたり、地震に関わる様々なシミュレーション解析を駆使する研究に従事。以来、一貫して研究畑を歩んでいます。自身が特に独自の取り組みと認めるのは、地震によって「建物そのものが壊れる・壊れない」ということのみならず、「建物がたとえ壊れなくても、建物が揺れるとその中で家具が倒れるなどして非常に危険になる」ことへの着目だったと振り返ります。
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▲清水建設株式会社 技術研究所 |
その後、技術研究所へ異動してきてからも、そうした観点の研究が継続されました。ただ4年半前、同研究所内に安全安心技術センターが設置されると同時にセンター所長に就任。以降は、所属するセンターにおける研究開発のマネジメントを専ら担っています。
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今回ご紹介するユーザーは、建築物や各種土木構造物の建設で200年を超す歴史と豊富な実績を誇る、スーパーゼネコンの清水建設株式会社。そのうち、付加価値の高い構造物の実現に向け研究開発や開発技術の実証などの業務を担当する「技術研究所」を構成する6センターの一つ、「安全安心技術センター」に焦点を当てます。
同社はもともと、1980年代から設計部門を中心にフォーラムエイト製品を導入。一年半前、技術研究所内に先端地震防災研究棟が設置されたのに併せ、フォーラムエイトの3次元(3D)リアルタイムVR「UC-win/Road」を利用して多彩な地震を反映し超高層ビル最上階の揺れを再現する大振幅振動台が構築、運用されています。
清水建設株式会社の創業は1804年、初代清水喜助が江戸神田鍛治町で開業した212年前に遡ります。その後、江戸城西の丸の造営(1838年)、開港(1859年)に合わせた横浜進出とそこでの洋風建築技術の習得などを経て、明治期以降はわが国の近代史を彩る数々の建築物やインフラを建設。組織の拡充・再編を重ねながら、今日なお、建築や土木建設の広範な領域において時代のニーズをリードする技術の研鑚とその成果の提供に力を入れています。
そのような過程で1944年、技術研究所の前身となる「研究課」を同社設計部内に設置。1972年に現在に繋がる技術研究所が東京都江東区に建設され、2003年には創業200年の節目を迎えるのに合わせ、技術研究所新本館が完成しています。
同研究所では、「10年後を準備する」(石川裕・技術研究所所長)というキーワードの下、常に時代を先取りし、将来必要になるであろう新しい技術を積極的に開発するとのアプローチが取られている、と金子センター所長は説明します。 技術研究所は現在、 |
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▲清水建設株式会社技術研究所
安全安心技術センター
金子美香センター所長 |
- 建築物や土木構造物を建設する際に基盤となる、材料や架構、地盤、基礎、設備、防耐火などの技術を対象とする「建設基盤技術センター」
- 風や温熱、音、自然、医療といった暮らしに直接関わる環境技術を対象とする「環境基盤技術センター」
- 地震をはじめそれに付随する津波、あるいは異常気象など様々な自然災害に起因するリスクを予測、診断、回避する技術を通じ、社会の安全と安心に資することを狙いとする「安全安心技術センター」
- 持続可能な低炭素社会の実現を視野に、建物や街区での省エネルギー化、再生可能エネルギーの導入、原子力などに関する技術課題を対象とする「エネルギー技術センター」
- 社会のニーズに即した新たなインフラ整備に関するソフト・ハード技術、既存のインフラや地域の価値を考慮した保存・再生方法などを対象とする「社会システム技術センター」
- 先進技術を駆使し、ゆめのある空間や環境、新たな価値の創造を目指す「未来創造技術センター」
― の6センターを主体に活動。企画部および研究開発支援センターがそれらを支えるという体制で運営されています。
同社の従業員総数約10,751名のうち、技術研究所には研究員181名を含む234名が所属。さらに安全安心技術センターは研究員ら35名を擁しています(数字はいずれも2016年4月現在)。
「『安全・安心』というと(そのカバーする領域は)非常に広いのですが 、(私たちの取り組みの中で現在)一番力を入れているのは地震対策です」
前述のように、安全安心技術センターでは地震対策に大きなウェートを置きつつ、近年は津波、あるいは豪雨や竜巻などの異常気象によってもたらされるリスクに焦点を当てた研究開発にも注目して取り組んでいる、と金子センター所長は述べます。
その上で同氏は、同センターにおけるそれらの問題へのアプローチを、
- 災害発生前の評価技術(ソフト)
- 地震など具体的なターゲットへの対策技術(ハード)
- 実際に災害が発生した場合への備え(スキル)
― の3種類に整理。それらの具体的な成果として、
- ソフト面では地震の揺れや津波の動き、それらに応じた建物や施設への影響などを予測、診断し、最適なソリューションを提案するシステム(「シミズ総合防災診断システム」や「津波総合シミュレーションシステム」など)
- ハード面では構造物をダイレクトに強化する技術や装置(回転式制震装置や部分床免震システム、低コスト液状化対策工法、天井耐震化技術など)
- スキル面では地震発生後に顧客の安全・安心を支援するシステム(予め設置したセンサーで地震直後の建物の健全性を自動判定するシステム、および緊急地震速報と連動しエレベーターを最寄りの階に停止させたり設備機器を停止させるシステムなど)
― を挙げます。
そうした展開のベースには、同社のICT(情報通信技術)への積極的な対応も色濃く反映。例えば、建物の健全性を自動判定するシステムでは事前に多数のセンサーを建物内に設置しておくという、近年注目を集めるIoT(モノのインターネット)を活用したシステムをいち早く採り入れています。
先端地震防災研究棟にUC-win/Road利用の大振幅振動台設置 |
(従来保有していた)古い振動台は30年近く前のもので、±20pの動き(振幅)では(1m以上動くこともある超高層ビル最上階の)揺れの再現には制約があり、新しい振動台をつくりたいという考えは東日本大震災(2011年)以前からありました」
それが、同震災の際に都心の超高層ビルも大きく揺れて俄かに注目を浴びたのを機に、構想の具体化の動きへ弾みがついた、と金子センター所長は語ります。
そのような流れを背景に2015年3月、技術研究所の敷地内に「先端地震防災研究棟」がオープン。ソフトやハード面の技術開発はもちろん、スキル面の向上にも資することで、「ワンランク上のBCP(事業継続計画)」の実現を目指す拠点が稼働しました。
同研究棟の目玉となる設備が、大型振動台「E-Beetle」と大振幅振動台「E-Spider」です。
E-Beetleは、世界のあらゆる地震の揺れを再現可能な加速度性能(35t搭載時の加速度:2.7G、振幅:±80p)を装備。7m×7mのテーブル(搭載重量最大70t)上に、建物の模型あるいは実大の建物の一部を切り出して載せ、建物が崩壊に至るまでの挙動やその耐震性能などを把握でき、より地震に強い構造物をつくるための試験を行えます。
一方、E-Spiderは、最大加速度:1G(3t搭載時)、振幅:±1.5m。上下方向の動きに加え、斜めに傾けることも出来るため、超高層ビル最上階に特有の揺れも再現。これにより室内の家具の挙動などを把握することが可能です。また、揺れの実験のみならず、実際に地震を体感してもらう狙いから、4m×4mのテーブル上にキャビン(直方体の箱)を搭載。体験用キャビン内には、正面に大型スクリーン、それと対面する形で座席(4人用)と立ち席(5人用)を設置。UC-win/Roadを使い、揺れと同期してフィジックスモデルに従って家具が倒れるなどする室内の映像と音響を視聴できるシステムも組み込まれています。
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▲UC-win/Roadによる地震シミュレーション(左:オフィス、右:住宅)。揺れをVRで表現し、建物内部の什器や家具への影響をシミュレートする。 |
「地震を体感できる振動台と、その揺れに合わせて(変化する室内の)映像を見たい」との具体的な要望を受けて、同社とフォーラムエイトが初めて打ち合わせを行ったのは2012年4月。その後、E-SpiderとUC-win/Roadとの間は地震の波形を制御し、リアルタイムで計算しながらモーション側の揺れとVRの映像および音響が同期する仕組みを構築。免震と非免震の建物における地震時の揺れの違い、長周期地震動の揺れなどの再現も可能になっています。
先端地震防災研究棟での運用が始まってからは、ビルや各種施設のオーナーを中心とする同社顧客向けにE-Spiderによる地震体験を実施。順番待ちが出るほどの盛況で、昨年度(2015年4月〜2016年3月)は2,600名が利用。リアルな揺れと映像に、少なからぬ驚きの声も聞かれたといいます。
また金子センター所長自身、公表されている地震波形データを使って容易に当該地震の揺れを再現できるため、社内の研究員がその体験を研究に反映できるメリットにも着目。研究開発のスピード化に繋がるとの見方を示しています。
さらに、設計者が自ら設計したデータを基に、設計段階の建物が完成後に起こる各種の地震でどのように揺れ、建物や室内にどのような影響があるかを事前に体感。顧客への説明に説得力が増すのではと期待されています。
加えて、揺れに対する心理的・生理的影響に関する研究にもE-Spiderの適用は可能。既に「揺れに対する人の感覚の定量化」など論文発表されている研究も見られます。
同氏は今後、これを顧客対応と研究開発の両方で有効活用していきたいとしています。
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▲大振幅振動台E-Spiderの性能・活用方法紹介 |
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