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Users Report ユーザ紹介/第93回
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避難解析の世界的権威 ガレア教授に聞く!
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1985年の飛行機事故をきっかけに「EXODUS」を開発
人間の心理や行動パターンを避難解析に生かす |
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研究室 Information |
The University of Greenwich Fire Safety Engineering Group
URL●http://fseg.gre.ac.uk
所在地●Greenwich Campus, Old Royal Naval College, Park Row, London
研究内容●火災安全工学など
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火災や洪水など、災害時に人々が避難する経路や避難にかかる時間などをシミュレーションする「EXODUS」は、ビルや駅、スタジアムなどの建築物から、航空機や船舶まで、幅広い設計に活用されています。このソフトを開発したのが、英国グリニッジ大学のエドウィン・ガレア教授です。物理現象だけでなく、人間の心理や文化の違い、そして個人的な行動特性までを含めてリアルな解析を行えるこのソフトが誕生したいきさつから、避難解析の分野における最新の研究テーマまでを語ってもらいました。(聞き手/建設ITジャーナリスト、家入龍太) |
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──ガレア先生がEXODUSの開発を始められたきっかけは何だったのですか。
ガレア |
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現在、私は英国のグリニッジ大学で火災安全工学グループのディレクターを務めており、研究室には32人のスタッフがいます。ここで避難シミュレーションソフト「EXODUS」や火災シミュレーションソフト「SMARTFIRE」を開発しています。
学生時代は大学で2つの学科を専攻しました。博士号を取った時は、星のモデリングを行っていました。星の回転を考慮し、数値流体解析(CFD)や磁気流体力学で挙動を表現するものです。
その後、私は鉄鋼会社で磁気を含んだ流体を解析するCFDで解析する技術者して働いていました。製鋼炉から溶けた鋼を連続的にスラブ状に加工する「連続鋳造」という過程をシミュレーションしました。
さらに、セント・アンドリュー大学では磁気流体解析で太陽の黒点の生成過程を研究しました。
その後、グリニッジ大学に移ったときでした。1985年にマンチェスター空港でボーイング737型機が地上滑走中に火災が発生するという事故が起こり、55人もの人が亡くなったのです。航空機は90秒ですべての乗客、乗員が機外へ避難できるように設計されています。それなのに、なぜ、55人も亡くなったのかが不思議でした。この事故が動機となり、EXODUSのプロトタイプとなるソフトの開発を始めました。 |
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▲EXODUSの幅広い用途について説明するガレア教授(フォーラムエイト東京本社にて) |
──なぜ、90秒間で全員が避難できなかったのでしょうか。
ガレア |
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ボーイング737型機の事故では、席が隣同士だった2人のうち1人は助かり、もう1人が亡くなるというケースもありました。そこで私は事故で生き残った人に聞き取り調査を行いました。そこで思ってもみないことが明らかになったのです。
生き残った人は、隣の人が動かないので避難しようにも座席から動けない。そこで彼が取った行動は、座席の上を乗り越えて移動することでした。それによって非常口にたどり着けたのでした。座席を乗り越えて移動した人は、若い人に多くいました。
また、ボーイング社やダグラス社など各飛行機メーカーが「90秒テスト」を行ったときのビデオ映像も入手して、一人一人が避難する様子を解析しました。
その結果、脱出口から滑り台のような脱出シュートで地上に降りる時も多くの人々が躊躇するため、脱出時間が延びたことも明らかになりました。この時間も非常口の幅が2人並んで脱出できるか、それとも1人ずつか、脱出口から直接地上に降りるようになっているか、一度、主翼の上に上ってから降りるかなどで違ってきます。その結果、脱出にかかる時間と人数は「正規分布」で表せることが分かりました。
火災が起こったとき、1分間当たりに何人が非常口から逃げられるかは、非常口の面積や幅などで単純に算出できるものではありません。
このような緊急時における人間の心理や行動の特徴を盛り込んだソフトは、「Air
EXODUS」として1992年に完成しました。その解析精度は、実際の結果とよく合っていたのです。次に考えたのが、ビルや船舶への適用です。航空機と違って、複数の階があり、いろいろな通路や階段を選びながら避難するため、避難経路も複雑です。また、船舶の場合は船が傾くと方向によって逃げるスピードが変わってきます。そのため、航空機よりも複雑なモデルを造る必要がありました。
そして、このソフトを建物用にした「building EXODUS」や船舶用にした「maritime
EXODUS」を開発しました。
一方、建物や船舶の内部で火災が起こり、炎や煙が広がっていく過程を数値火災動力学でシミュレーションする「SMARTFIRE」というソフトも開発しました。
EXODUSはいろいろな建物や航空機の設計に使われています。オーストラリアのシドニーオリンピックや中国の北京オリンピックのスタジアム、ニューヨークの自由の女神、そしてエアバスA380などです。
これまでに35カ国で使われています。設計基準で対応できる単純な建物や施設ではなく、性能設計が適用される建物や航空機の設計で使われる例が多いです。 |
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▲2003年に韓国で起こった地下鉄火災の現場。火災発生当時、すぐに逃げた人は7%にすぎず、半数はじっとしたままだった |
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▲広場における群集の動き(左)とExodusによる解析結果(右)は、定量的、定性的に非常によく一致している (資料提供:Edwin
R Galea) |
──なるほど、緊急時には急いで逃げようとしても、人の流れは流体が流れるように単純な理論では解析できないわけですね。
ガレア |
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ええ、それ以前に、緊急事態が起こっても、脱出時間に影響する根本的な原因として、避難すべき状況になってもすぐに人々が動き出さないという問題があります。これを「レスポンスタイム」と呼んでいます。一般的には、事故が起こると人々はすぐに避難を開始する、つまりレスポンスタイムはゼロという前提で脱出時間などを考えがちですが、実際の行動は大きく違っているのです。
私はこれまで火災や事故で助かった人と1000人以上会って聞き取り調査をしました。その行動データは、「ASKデータベース」に記録しています。
例えば、2001年に米国ニューヨークで起こった同時多発テロで崩壊したワールドトレードセンタービルから脱出した人300人に3年かけて聞き取り調査を行った結果、分かったのは事故発生から15分間、行動を起こさなかった人もいました。
レスポンスタイムなどの避難行動には、人々の文化の違いが大きく「安全文化研究局(Bureau
of Security and Culture)」という組織では、これを調べるためにチェコ、ポーランド、トルコ、英国の4カ国の大学の図書館で避難実験を行いました。実験前日の夜遅く、各図書館にはそれぞれ50台の隠しビデオカメラを取り付け、突然、避難警報を鳴らします。そして、学生がどのような避難行動を取るのかを記録し、解析したのです。
事前の予想では英国の学生が一番先に逃げるだろうと思われていました。ところが実際、一番優秀だったのはトルコの学生でした。その理由は分かりませんが、過去に大きな地震を経験していたことが影響したのかもしれません。そして2番目がポーランド、3番目が英国、4番目がチェコという結果になりました。
調べたところ、避難警報を聞いたことのない学生が英国では70%、チェコでは90%もいることが分かりました。 |
──人々の行動には、お国柄や文化の違いも大きく影響しているのですね。
今村 |
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そうです。例えば、街中の群集の動きに影響を与えるものにエスカレーターがあります。興味深いのはエスカレーターにそのまま立って乗る人と、歩く人の比率が各国で違うことです。スペインのバルセロナ、中国を上海、英国のロンドンで調査したところ、上海では90%の人々がそのまま乗るということが分かりました。逆に歩く人が多いのはロンドンです。バルセロナでも歩く人は多かったですがロンドンほどではありませんでした。
また、高層ビルの火災による避難では、エレベーターを利用する人がどれだけいるかも避難シミュレーションの結果を左右します。エレベーターの待ち時間と自分がいる階の高さがポイントとなります。
これを調べるため、インターネット上で世界的なアンケートを行いました。前提条件として、火災時にもエレベーターの安全性は確保されていることとしました。
その結果、3人に1人がエレベーターを使うと答えました。国別に見ると米国は2分の1、中国は4分の1、英国は3分の1、ドイツは3分の1弱、というように、ここでも文化の違いがエレベーターの利用率に反映されました。
もう少し、細かく階別に見ると一般的に高い階の人ほどエレベーターを使います。しかし、30階以上でも絶対にエレベーターを使わないという人が2割もいることが分かりました。
また、待ち時間が長くなるとエレベーターに乗る人の数は指数関数的に減っていきます。大多数の人々は10分で階段を選び、どんなに長い人でも15分が限界でした。
EXODUSには、こうした国や文化の違いによる人々の行動パターンをデータとして盛り込んでいます。 |
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▲中目黒駅旅客流動シミュレーション。
EXODUSとUC-win/Roadの連携により、群衆の動きを可視化。 |
──EXODUSは、流体力学や構造力学といった純粋な物理法則で物事をシミュレーションするソフトではなく、お国柄や文化による人間の心理や行動の違いについての洞察を踏まえた上での解析を行うソフトという点が、大きな特徴ですね。
ガレア |
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そうですね。さらに利き腕や生活習慣なども避難行動に影響を及ぼしています。例えば、逃げ道が左右に分かれている場合、どちらを選ぶかというのもある法則があります。36カ国の人々を対象に調べたのですが、右利きの人は64%が右側の道を選びます。その率は交通ルールによっても変わります。米国や中国など右側通行の国の人はなんと75%が右側を選んだのです。一方、日本や英国など左側通行の国の人は60%でした。
この話を英国のBBC放送でしたところ、ニュージーランドのベテラン森林捜索隊員の方からメールをもらいました。森の中で迷った人を探すときに、70〜80%は右側にいけば発見できたそうです。彼はそれを不思議に思っていたのが、私の話で合点がいったそうです。
次期にリリースされるEXODUSの最新版では、この研究成果を取り入れた「経路探索機能(Way
Finding)」という機能を搭載します。通常は案内標識や最短距離、他の人からの情報で避難するようにプログラムされています。
そのため、経路探索を「オフ」にしておくと、群集は最短距離の経路で避難しようとします。ところが「オン」にしておくと、最短経路以外に左右に分かれて逃げる人も出てくることが分かります。 |
──今回の東日本大震災では、津波による大きな被害が出ました。津波の被害を軽減するためにEXODUSは使えないでしょうか。
ガレア |
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私は津波の専門家ではありませんが、津波からの避難にもEXODUSは使えると思います。その場合、EXODUSを数km四方という大きなスケールの問題を扱えるように機能拡張する必要があるかもしれません。
避難所の位置や経路、警報の出し方、レスポンスタイムなどを設定すれば、津波の避難シミュレーションや避難戦略の策定にEXODUSは使えるでしょう。
そのとき、人間だけでなくクルマの動きとの組み合わせを考える必要があります。例えばEXODUSとUC-win/Roadを連携させて、人とクルマの動きをシミュレーションする方法なども考えられます。
レスポンスタイムについては、津波のケースは知りませんが、BESECUには欧州では洪水中の避難におけるデータがあります。 |
──これまで、緊急時の脱出に成功した人々にヒアリングして来られたそうですが、生き残るためのコツというものはありますか。
ガレア |
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規模な災害が起こったときには、ツイッターやフェースブック、ユーチューブなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)や携帯電話が、被災地と行政の間で双方向の通信手段として機能し、動画や写真、GISなどの情報交換を可能にします。これらの通信手段は、日ごろから慣れ親しんでいるものなので、災害時にも機能しやすいのです。
ただ、災害が起こったときはまず安全なところに逃げることが第一です。その後、情報発信をするようにしなければいけません。ニューヨークの同時多発テロのとき、ワールドトレードセンタービルにいた人の多くがまず、携帯電話で「SOS」を発信しました。これは順序が逆といえるでしょう。この場合はまず、建物から出ることを優先すべきなのです。 |
──EXODUSを既存の建物や施設に利用して、人命を救う方法はありますか。
ガレア |
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行政など巨大災害に指揮を担当する立場の人にとっては、とっさの判断ができるようにトレーニングしておくことが大切です。実地で経験を積む機会がほとんどないので、UC-win/RoadやEXODUSで災害時を再現し、時々刻々と変わる状況のもと、避難する人々や救助隊に対する指令をどう行うかを訓練するのです。
例えば火災が発生しているビルの25階に消防士を送り込むかどうか、ということを判断する訓練です。高精度のモデルと表現力の高いシステムを使うことで有効な訓練ができます。
2年前に、前述のマンチェスター空港でのB737型機の火災事故について再度、SMARTFIREとEXODUSでシミュレーションを行いました。その結果は死者が50〜61人で平均は57人だったと思います。火元や非常口の位置が分かれば、高い精度で結果を予測できる時代になりました。
今後のEXODUSの適用分野としては、施設の設計だけでなく、起こった事故などの検証も重要になってくるでしょう。また、化学兵器を使ったテロへの対策なども考えられます。例えば有毒ガスを地下鉄駅やオフィスビルの空調システムに噴出させたときの被害を想定し、テロリストへの対策を検討するといったことです。 |
──どうもありがとうございました。
(取材/執筆●家入 龍太) |
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