より快適なVR体験を求めて 〜VRゴーグルのキャリブレーション〜
■VRの安全性に求められる「3つの要素」
この話題は以前も取り上げましたが、VRの普及に伴い、さらに重要になってきていると思われるので再度まとめておきます。
「VRの安全性に求められる3つの要素」
- ハードウエア製造者に求められる要素
- コンテンツ制作者に求められる要素
- 視聴者(時)に求められる要素
まずはVRの安全性にはこの「3つの要素がある」ということを理解することが重要です。このどれかが欠けてもVRの安全性は危ういものになってしまいます。
今後VRが普及するためには、この3つの関連業界が連携し、より快適なVR普及に努める必要があるでしょう。
実は、ここに掲げた3つの要素は2010年に3Dコンソーシアムの安全ガイドライン部会が作成したガイドライン※1を踏襲したものです。当時、3Dテレビの普及に伴い、関連業界と利用者の立場に立って安心して普及させるためのガイドラインとして公開されました。
3DテレビとVRは関係ないのでは、と思う方もいるかもしれませんが3D映画も含めて両眼視(両眼立体視)という点では同じ課題を抱えているといえます。その対象がテレビか映画かVRゴーグルかというだけで人に与える生理的な影響は同じです。
※1 3Dコンソーシアム「最新『3DC安全ガイドライン』のダウンロードページ」
http://www.3dc.gr.jp/jp/scmt_wg_rep/guide_index.html
■VRゴーグルで起きている13歳問題
多くのVRゴーグルのメーカーやイベント実施者は13歳未満でVRゴーグルを使用しないようマニュアルなどで年齢制限をしています。その主な理由は、「頭蓋骨の成長過程で瞳孔間距離が変化するから」と言われています。そのほか、斜位から斜視へのリスクなどが言われることがありますが、それは13歳という年齢とはあまり関係ないように思われます。
前述の3Dコンソーシアムのガイドラインでは、6歳以下の使用については大人の管理の下に行うことが望ましいとしています。その理由として視機能の発達段階のデータを示していますが、両眼立体視機能については、3歳から5歳ごろまで成長することが示されています。この観点から6歳以下は使用しないというのが当時の主流でした。
その代表例がニンテンドー3DSで、ペアレンタルコントロール(保護者による使用制限機能)にある機能の一つとして「3D映像の表示(3D映像の表示を制限します。すべての映像が2D表示になります。)」を設けています。
ニンテンドー3DSの場合は裸眼立体視機能が切り替えられるディスプレイを使用していたのでこのような運用が可能となっています。「3DC安全ガイドライン」では、このほかコンテンツ制作に関するガイドラインや視聴時のガイドラインも示しており、両眼立体視に対して総合的な運用が必要なことを掲げています。
一方、最近のVRゴーグルに関する年齢制限の取り上げ方はどうでしょうか?ハードウエアとして「13歳未満は使用できない」という点だけが独り歩きしており、コンテンツの安全性や装着時の注意が話題になることはほとんどありません。
■ロケーションベースVRに限っては条件付きで7歳以上に・・・
そのような中、2018年の1月、商業VR施設の業界団体である「一般社団法人ロケーションベースVR協会」が「VRコンテンツのご利用年齢に関するガイドライン」※2、※3を発表しました。
ここでは、「7歳未満のお子様にはご利用させないでください。(原文)」等、視聴時間や眼科治療中などの項目も含めて保護者の責任の下であれば7歳以上であれば使用できることを明示しています。ただし、家庭での適用は本ガイドラインの適用外として除かれています。これはこれで、一歩前進といえるのかもしれませんが、「3DC安全ガイドライン」から見ると充分とは言えません。
このように年齢制限だけがフォーカスされると、「適切なコンテンツや表示はどうあるべきか」などの議論がされないため、総合的な安全性は保てないのではという危惧が出てきます。
つまり、視差が大きすぎたり、左右でずれたり傾いているコンテンツを年齢制限以上の視聴者が見ても良いのか?という問題です。これは年齢に関係なく、酔ったり、頭痛を引き起こす原因になるはずです。
筆者は、VRコンテンツ制作や視聴方法に関するガイドラインも同時に策定する必要があり、それを一体として運用する必要があると感じており、新たなガイドラインを待たずとも、前述の「3DC安全ガイドライン」を柔軟に取り入れることがまずは有効と考えます。
※2:VRコンテンツのご利用年齢に関するガイドライン http://lva.or.jp/pdf/guidelines.pdf
※3:ガイドラインに関するQ&A http://lva.or.jp/pdf/guidelines_qanda.pdf
※必ず最新バージョンを、ご利用ください。
■キャリブレーションソフトの利用で快適性を向上
ここでは、ハードウエアだけではなく表示ソフト側で簡単にキャリブレーションを行うソリューションが登場してきているので、それを紹介します。特にスマホなど表示サイズが異なるデバイスで快適に見る場合に最も有効な手法です。もちろん、ゲーム機やPCを使うセパレート型や、スタンドアローン型のVRゴーグルでも利用することができます。
何をキャリブレーションするかというと、VRの左右映像の表示位置を視聴者の瞳孔間距離(IPD(interpupillary distance)に合わせて表示するためのキャリブレーションを行います。
例えばスマホの場合を考えてみるとiPhone8は約4.7インチ、iPhone Xは約5.8インチと、画面の大きさが違うわけですが、VRコンテンツは全画面表示されるため、結果的に左右映像間の距離(中心)は異なってしまいます。本来は視聴者の左右の瞳孔位置の正面に映像の中心が来るのが理想ですが、実際には画面の大きさにより、瞳孔間距離より狭かったり(内側)、広かったり(外側)と変わってしまいます。
つまり、IPDと表示位置が合わないために目の疲れや頭痛、ボケて見えるなど、快適なVR体験が阻害されている状態になります。これを解決するためには表示ソフト側で視聴者のIPDに合わせて表示する必要がありますが、実際にこの調整を行うための使いやすいツールがありませんでした。
また、ヒトの視機能は大変柔軟で、実はIPDが合っていなくとも無理やり合わせてしまうことができるので、さらに厄介と言われています。このことにより一時的には無理やり合わせてしまい、それが続くと頭痛や酔いなどの原因になってしまいます。
そのような背景から開発されたのが、VR用瞳孔間距離キャリブレーションソフト「IPD-360VR」です。
■VR用瞳孔間距離キャリブレーション
ソフト「IPD-360VR」
このソフトウエアは株式会社B.b.design lab.が2017年のInterBeeで発表したもので(写真2,3)、VRビューアやコンテンツ向けに組み込んで使用できるライブラリやプラグインの形式で2眼での表示が必要なコンテンツやソフトウエアのベンダー向けにライセンス提供されています。
現在は、Web用、UNITY用などがリリースされています(特許出願中)。
調整方法は簡単で、画面に出るターゲットを見て一番ずれの少ないところで一定時間留まることで、IPDの値が特定され、その値が表示ソフトに送られるというものです(写真1)。
この値に基づいて左右映像を表示すれば、その視聴者にとって最適なIPDでコンテンツが再生されることになります。InterBeeでのデモでは、キャリブレーション前と後で格段に見え方が良くなったという使用者が多くいたとのことでした。
重なっているターゲットを探すには、ゴーグルを着けた状態で左右に向きを変えます。すると、少しずつずれたターゲットが並んで見えてきますので、自分で向きを変えて最もずれの少ないターゲットを探します。通常であれば合っていないものでも合わせてしまう場合であっても、すぐ横に比較できる対象が並んでいることで、最も合うターゲットを見付けることができるのです。
|
|
|
写真1 キャリブレーション時の表示画面 |
|
写真2 InterBee2017(2017年11月15〜17日 幕張メッセにて開催) |
|
写真3 InterBeeでIPD360VRを体験する来場者 |
|
■今後のVR普及に向けて
「IPD-360VR」は表示時のIPDを視聴者のIPDに合わせることができるソフトですが、もちろんキャリブレーションを行う前には、ゴーグルのレンズ間の距離とレンズのピントを合わせておく必要があり、ゴーグルの装着方法においても、平行にしてかつ、レンズ中心に来るように装着する必要があります。
ここまでできて初めて、ハード側の視聴環境が整ったことになります。今後必要になることは、VRコンテンツが適切に制作されているかという観点です。これが整わない限り、VRコンテンツを快適に体験することはできません。コンテンツ制作者の方は、「3DC安全ガイドライン」を手掛かりに今後の適切なコンテンツ作りの在り方を学ばれることをお勧めします。
一方、3D対応のVRカメラの登場、ゲームエンジンやCGソフト側での3Dリグの提供など、3DVRコンテンツを制作する環境も整備されていくかと思われますが、それらを効果的に活用するためにも3D立体視の基礎知識はますます重要になると思われます。
|