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前回は、楢原氏がイスラエル・テルアビブの大学に招聘され講演・ワークショップを行った際の滞在記を紹介しました。連載最終回の今回は、SIGGRAPHバンクーバーの参加レポートと併せて、デジタル建築に関わってきた同氏の立場から、CG分野についての展望 にも触れています。

■著者プロフィール
楢原太郎氏(ニュージャージー工科大学 建築デザイン学部 准教授)は、米国マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学で学び、現在はニュージャージー工科大学で教鞭を執られています。大学教育の現状やコンピュータ、デザインなどの専門分野の動向などを現地からレポートいただく企画です。

Vol.9 SIGGRAPHレポート / アナログへと回帰する私

10年程前、ARCADIAという北米中心の建築系コンピューティングの学会に参加していた折に、会食が終わりいよいよ閉会という時になってちょっとした事件が起きた。隣に私も大変尊敬していた著名な建築批評家の大先生がたまたま座っておられ、談笑しながら夕食会が無事に終わろうとしていた。学会も佳境でデジタル建築功労賞の授賞式があり、こちらも非常に著名な当時普及していたFormZというソフトウェアの開発責任者の先生が受賞した。そしてこの先生がFormZを使った学生作品を見せながら受賞プレゼンテーションを始めるや否や、隣の批評家の先生の表情が見る見る曇り始め、終いには周りにも聞こえる声で辛辣な悪態を付き始めた。
更にタイミング良く最後の閉めのスピーチはこの先生の役で、檀上に上がるや否や「FormZSucks!」(くそったれ)の一声に始まりデジタル表現や最近の建築教育に対する批判を檀上を右往左往しながら堂々とがなり続けた。

予期せぬ展開に会場は騒然としたが、世代的にはデジタル系擁護派であったはずの私も彼の余りのダイナミズムに圧倒され、逆にある種の爽快感を味わった。冷静に見れば時代に取り残された頑固爺 の悪足掻きにしか写らないのだろうが、10年前といえば一般学生のソフトによる美的表現のレベルは今に比べて限界があった。
この日のプレゼンは特に初学者によるものが主で、歴史家の先生が何十年も熱く語り培って来た深淵な建築哲学がこんな薄っぺらなCG表現に還元されてしまう事への危機感があったのであろう。(注:FormZに否はない。)当時はCADで図面を描くと必ず難癖付けてくる旧世代が存在していた様な時代で、その中には建築家が作り上げた諸々の架空の価値観も混在していて、新たな手法が生まれればそれを軸に新旧の相克が生じ、次第に非合理的な要素は淘汰されていく過程にあった。しかし、その過程で常に、失われて行く時代を象徴するような捨て去るには惜しい美質が存在するのも事実で、この老教授の弁も一理ある様に思われた。


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■バンクーバーの水上に浮く巨大なコンベンションセンターを5日間借り切って8月に行われた
コンピューターグラフィックスの祭典SIGGRAPH。

あれから10年の歳月が経ち曲がりなりにもデジタル建築に関わって来たと自負して来たのだが、今年に入りEurographicsというコンピューター・グラフィックスの学会に発表も兼ねて参加して来た。
分野的に接点は有るが端的にデザイナーよりはプログラマーの祭典と言った方が正しいだろう。最先端のデジタル表現に必要とされる最適化のアルゴリズムや数式が延々と数日に渡って続き、中にはその余りにコアな内容に順を追って流れを押さえてから参加しないと著者には理解不能なものも多々あった。
最終特別講義はディズニーの研究所の方による最新CG技法に関するレクチャーで、ミッキーマウスの様なキャラクターが泣いたり笑ったりして跳ね回るビデオを見せられた後、その背後にある技術革新についての解説が行われ、その繰り返しが延々と一時間半程続いた。 スキャンした2Dの手書きスケッチがソフト上で3Dモデルに成り替わって踊り出したり、布のシミュレーション等、最新技術のオンパレードは圧巻である。
だが同時に周りの聴衆がキャラクターを見て「可愛いわねー」とか興奮しているのに、自分だけがまるで伸びたり縮んだりする無機質なゴムの塊を無感情に見続けている様な錯覚に囚われて愕然としてしまった。 ディズニーのキャラクターに全く感情移入できないのである。そう、これは西洋人の感覚を基準に作られたファンタジーの世界なんだ。幼少の頃から手塚治虫のアニメに始まり宮崎アニメによって特定の視覚的嗜好を植え付けられて来た私にとって、ゴム人形にしか見えないキャラを見て共感を覚えたり感動する事は本能的に無理だろう。
逆にグローバル市場をターゲットにした戦略、と称して世界中でディズニーを流通させれば、皆ガキの頃から調教されてしまって、異質であるが固有な異文化的なカルチャーは淘汰されて行き、文化の均質化が加速化されるだろう。 それこそ彼らの思うつぼだ。手塚治虫もディズニーの影響を色濃く受けてはいるが多くの登場人物の表情からは敗戦後の影の様なものが垣間見え、国と時代を反映した全く異質で固有な世界観を作り上げた。 果たしてどれだけの現代の語部がこの世界観を継承していているのか疑問である。
という訳で実際の講演内容からは大分逸脱したが、10年経て私自身が冒頭に登場した老教授の境地に堕ち、更に10年後には「ディズニーSucks!」と叫んでいるのだろうか。


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■Emergent Technology/Art Gallery展示のコーナー。

これに懲りずに先日バンクーバーでSIGGRAPHという北米最大のCGの祭典に簡単な発表を兼ねて参加して来た。
巨大なコンベンションセンターを5日間借り切って行われ、最先端CG技術に関する論文発表に加え、実際に触って体験できる展示Emergent Technology/Art Galleryのコーナーでは独創的な最新のインターフェイスが並ぶ。
手の平に乗る極小ディバイスでありながら特有の振動パターンにより体が勝手に引っ張られる錯覚を起こし動いて行ってしまう東大のグループによる誘導装置や、大掛かりな油圧式可動型の台の上に乗って鳥になって空を飛んだつもりになれる装置、また最近普及している小型コンピューターRaspberry Piを百個以上積み上げて連立させて作ったスーパーコンピュターの塔が「芸術作品」として展示されていた。
この分野の時流を把握するにも良い場で、前出東大の疑似体験型ディバイスの感覚はNTT研究所出展の魚釣りゲーム(画面上の魚に指が引っ張られる様に感じる)にも見られた。正に技術者の遊園地的なノリで楽しめる場所であった。
だがどの作品もSIGGRAPHの非常に厳しい徹底した審査を勝ち残った作品ばかりであり、私はTALKと言うほんの20分程度の発表のコーナーに応募したのであるが、それですら提出資料の倍ありそうな審査員達による徹底した講評が届き、延々と続く辛口批評の後に「でも前例が無いから、まあ来ても良い。」とあり、コーナーを問わずオリジナリティーが純粋アート系の審美性よりも決め手となるようだ。


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Animation FestivalのコーナーではSIGGRAPHもEurographicsに負けずに3次元CGを駆使したコミカルなゴム人形が出てくる短編映画のオンパレードで、あくまでキャラ系世界の門外漢の主観的な戯言と許して頂きたいが、これが3時間もぶっ通しで続くと少々辟易とさせられた。
これとは別にハリウッドで大ヒットした特撮映画トランスフォーマー、Xメン等の舞台裏をCG映像制作者を招いて貴重な現場映像を通して紹介するコーナーもあった。 最近のハリウッドでは爆破シーンの数が増えるだけ興行成績が上がると言う法則があるそうで、3秒のシーンに莫大な費用と労力が投資され、吹っ飛ぶ車、人間、火花、溢れる水と何層にも渡って特殊効果が積層されて行く過程がプレゼンされた。
「レゴ」の映画というのもあり少々商業的な印象を持たれるかも知れないが、制作に関わったCG担当者は映画の為にレゴに関しては紙一重に近い天才達を起用し、与えられた形状に対して最適化されたレゴブロックの配置パターンを導き出すソフトウェアまで開発してしまったと言うから圧巻である。学術会議としての権威も然ることながらIT企業の展示Exhibitionのコーナーも充実しており、ソフト系では本誌のFORUM8社をはじめハード面でも3Dプリンター等の展示が各社見られた。


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■企業展示のコーナーではFORUM8社のブースを発見。
町田 聡氏によるプロジェクションマッピングの展示も併設されていた。
やはり3Dプリンター関係の展示が多い。

今回、映画の特殊効果の舞台裏とその技術の背後にある最新計算手法に触れる機会を得たが、映画と聞いて私が期待するものとは全く別の娯楽形態へと「映画」は取って代わられたと再認識もさせられた。 1977年は映画界にとって重要な年と言われ、George Lucasによる「Star Wars」が特撮映画としては前例のない興行的成功を収め、邪道視されていた特撮SF映画が確たる市民権を確立した年である。そしてこの成功がSIGGRAPHの様な学会の発展を間接的に後押しして来たと言う事実も背景にある。
その成功の影で同年に封切られたWilliam Friedkin監督による「Sorcerer」という多額の製作費をかけたアクション映画は興行的にも批評面でも最悪の結末に終わった。こちらはCGや特撮がメインではなく、当時の政治的/社会的状況も反映したおどろおどろしい心理ドラマで、Lucasの世界観に比して究極の超リアリズムとも言える徹底した映画製作姿勢が際立っていた。
フレンチ・コネクション(71)、エクソシスト(73)と来てこの作品で氏によって一つの映画製作手法が昇華され頂点に達したと私は感じたが、この敗北がその後の映画界発展の方向性に関して払わされた代償は余りにも大きかった。何故ならその後30年間、出来損ないの宇宙人やマペットばかり登場するStarWarsの二番煎じ的な作品に私が延々と付き合わされる羽目になったからだ。
特撮やCG世界自体に不足は無いが、幼少の頃から私を魅了して来た映画という娯楽媒体から得られたのと同じ感動を現代の映画に期待する事は難しくなって来た。 挙げたらきりがないが、真夜中のカーボーイ、アラビアのロレンス、またヴィットリオ・デ・シーカやルキノ・ヴィスコンティ等による映画でみっちり調教されて来た私にとって、現代の映画界は視覚的には華やかでありながら無感動な荒野と化した感がある。
これらの世代を通して消失して行く様々な分野で見られる価値観が、特定の世代間の固執する単なる刹那的な幻想に過ぎないのか、或は排他的なエゴイズムの屈折した現れなのかは時のみぞ知るところである。

ご依頼頂いた9回の連載も今回が最終回となりお世話になったFORUM8の皆様と、若輩の戯言にお付き合い頂いた読者の方々にこの場を借りて厚くお礼を申し上げたい。

(完)

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■バンクーバー近郊のカピラノ桟橋もついでにお勧めである。アミューズメントパーク感覚で楽しめる。




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(Up&Coming '14 秋の号掲載)
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