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フォーラムエイト Vol.5 
研究顧問 小林 佳弘
アリゾナ州立大学
  コンピュータ学部ゲーム開発主任講師
(一財)最先端表現技術利用推進協会 理事
米国FORUM8 AZ CEO
(株)フォーラムエイト 特別顧問
World16 代表
(一財)プロジェクションマッピング協会 アドバイザー
 
フォーラムエイトのアドバイザーがそれぞれの経験や専門性にもとづいたさまざまな評論やエッセイをお届けするコーナーです。


『ゲーム・人工知能・ロボットと学習』

アリゾナ州立大学コンピュータ・サイエンス学科でゲーム開発のコースを教えています。今回は 最近注目される、ゲーム・人工知能・ロボットについて、お話ししたいと思います。
アメリカで生活をするようになって、すでに20年が経ちました。来年は、上の息子も高校生になります。否応なしに、日本とアメリカの教育文化の違い、世代による学習意欲の違いを実感しながら生活しております。大学では、異なる学科のさまざまな授業を受け持ち、分野による教員の認識の違いを日々痛感しております。夏には中高生を対象にゲーム開発のキャンプを通して、アメリカの子供達が興味を持ち続けられるように工夫することに努力しています。
いったい学習とはどうあるべきなのでしょうか?

学習レベル1
学習には、3つのレベルがあります。1つ目は、記憶レベルの学習です。勉強した時間に応じて得点がとれるレベルです。学校の定期試験を想像してください。このレベルの学習では、基本的には頑張った人が良い点をとれるようになっています。したがって多くの親が「勉強しなさい」と子供にいいます。かけた時間だけ点数があがるからです。勉強することは大切ですが、なぜ勉強しなくてはいけないのでしょうか?定期試験の勉強は、どのような役割をもっているのでしょうか?

「良い大学に行くため」、「良い会社に入るため」などの、社会的報酬を理由づけにする人がいます。「勉強しないと・・・」という社会的罰則をつかう人もいます。どちらも間違ってはいないかもしれませんが、学習の本質ではないことは一目瞭然です。それらを目的にしていない人は勉強しなくてもよいことになってしまうからです。では、なんと答えればよいのでしょうか?
毎年5月の中旬から、アリゾナ州立大学工学部3年生のための
短期集中講座を日本で行っています。 毎日3時間の講義と
午後にはいろいろな会社や研究機関の見学をしています。

答えは「次のレベルの学習を身につけるため」です。多くの人が1つ目のレベルのことを本当の学習であると思い込んでいるようです。資格試験などは、このレベルの対価として社会的にも評価を得ているし、学校の成績がよいと頭がよいと言われます。ただし、このレベルの学習を繰り返しても、学習本来の目的を達成したことにはならないのです。勉強することが無駄という意味ではありませんが、このように時間をかけさえすれば習得できる知識とは、すでに誰もが知っていることなのです。なぜそのような習得を繰り返すのでしょうか?


学習レベル2
みなさまの友人の中には、あまり勉強していなくても学校の成績がよかった人がいたと思います。彼らはよく「集中力がある」からとか、「効率よく勉強している」からと説明されることが多いですが、実は違うのです。彼らは、物事を覚えるのではなく、物事を再編しながら知識マップを頭の中に作り上げることをしているのです。その結果、要領よく学習できているように見えるのです。

では、ここでみなさんがどれだけ知識マップを作成していたか、質問してみましょう。高校の物理学を思い出してください。暗記した公式、ニュートンの物理3原則、練習した問題・できなかった問題、それらを一枚にまとめてください。もし文系であれば、第一次世界大戦のはじまりから終わりまでを説明するようなマップを作成する質問でもよいと思います。同窓会が近い人は、このようなネタをもっていくと面白いと思います。

話をもどしますが、学校の定期試験ではそれほどでもない人が、全国模試になるとトップクラスに躍り出てしまう人がいたはずです。あるいは学校でいつもトップなのに、全国模試になると点数が取れなくなってしまう人もいたはずです。この差こそが、知識マップがあるかないかの違いなのです。そして、さきほどの質問「どうして勉強をするのか」の答えこそ、「自分の知識マップを作成するため」なのです。学校でいろんな科目を勉強するのも、さまざまな種類の知識マップの作成を訓練するためです。


学習レベル3
では、次のレベル3はどんなものでしょう? 学習に関する最高のレベルは、知識マップの上に存在する試行マップを作成するレベルです。試行マップとは、自分だけではなく、いろいろな人の間違え方のマップです。とある問題に対して、自力でその問題がとけたとします。その場合、あなたはどれくらい、その問題ができない人・間違った答えを出す人の試行を想像できますか?ある特定の分野を極めることは、この試行マップを作成することなのです。もちろん莫大な量になるため、多くの課題に取り組むことは不可能です。特定分野に特化した試行マップを作成するだけでも、それ相応の時間を必要とします。

未解決な難問を解く場合、人が試みない方向からのアプローチを考えなくてはいけません。では、人が試みないアプローチをどうやって見つければよいのでしょうか?答えは簡単です。失敗してきたすべての試みを行うのです。頭のよい人悪い人、独創的なアプローチの人そうでない人、すべての人のありとあらえる方法を蓄積していくのです。すべてを試してはじめて、試していないアプローチが見えてくるのです。

では、どうやって間違い方を蓄積していけばよいのでしょうか。これも実は簡単です。人とともに学び仕事をすればよいのです。より多くの失敗・間違えを蓄えるためにも、できるだけ様々な考え方の人と共に仕事をすることが必要なのです。自分の失敗も相手の試行マップ作成にとても貢献しているのです。
ここで述べた学習レベルは、実はほとんどの人が無意識のうちにある程度できているものです。時間をかけてレベル1の勉強をすれば、レベル2の知識マップはある程度できているものです。専門分野で経験を積めばレベル3の試行マップも作成されているはずです。ただし、意識してマップ作成をしているかどうかによって、学習効率は大幅に改善されます。ぜひ、日頃の学習にお役立てください。

ゲーム開発プログラムの卒業プロジェクト発表会。VRや
プロジェクション・マッピング、ドローンに音声認識など、
さまざまなゲームプロジェクトが発表されます。
中高生のためのゲームキャンプの様子。2週間毎日朝8時
半〜4時半までかけて、ゲーム開発をします。最終日には、
親御様達もまじえたゲームコンテストをおこなっています。


小話1 : ゲーム
最近、ゲームを利用した教育が話題になっています。ゲーミフィケーションという言葉もよく耳にするようになりました。はじまったばかりの分野ですが、どうもレベル1の学習を強化することを目的にしているものばかり目にします。クイズに答えていきながら、ポイントがあがっていく。シューティングゲームやパズルで正解率をあげていく。そのようなものでは、決してレベル2や3のマップを作成する訓練にはなりません。では、どのようなゲームがレベル2や3の学習に必要なのでしょうか?私はバーチャルリアリティ(仮想空間)を利用することがその答えだと確信しております。知識マップ・試行マップは仮想空間とよく似ているからです。自分の知識マップや試行マップに基づいて動いているエージェントが何千・何万と動いている仮想世界を体験できれば、それはかなり刺激的なことです。将来、ゲームをしただけで、英語がはなせるようになったり、東大合格できたりするものができることを期待しております。

小話2 : 人工知能
最近はどこにいってもこの話題です。囲碁の世界チャンピオンにも人工知能が勝利する時代に入りました。確かに幾つかの新しい手法が成果を上げてきているのは事実です。最近よく耳にするディープラーニングは、「特徴表現の獲得」を機械学習によって効率よく行うことに成功しました。ただし、やはりレベル1の学習に限定されています。人工知能では、知識をどうもたせるか(オントロジー)が一番の問題です。チェスや囲碁などのゲームは、過去のデータから戦略ツリーを比較的生成・参照しやすい問題です。データ処理能力の限界がいままでは大きかったのです。勝敗を決する特徴をビックデータから検出する手法が、いろいろなゲームで実験されています。一般の事象を対象とするとまだまだ遠い道程のように感じますが、個人的にはこのアプローチは知識マップ・試行マップに通じるところがあると思います。毎年行っている夏のワークショップでは、デープラーニングの勉強会をしてみようと思います。招待教授達と試行錯誤を繰り返して、お互いの試行マップを構築していくことから始めたいと思います。

小話3 : ロボット
ロボットも最近話題のトピックです。ロボットを動かすための人工知能は、また違った問題を抱えています。目的を持って制作されたロボットは、知能というよりは柔軟に作業を達成することが求められます。知識マップと、試行マップをうまく参照しながら臨機応変な対応ができるかどうかが成功するための鍵となっています。試行マップはステートマシンとして記述され、知識マップは論理式として、事前に与えたれている場合が多いです。では、何が問題なのでしょうか?それは時間という制約が加わるからです。いくら正解を実行できても、作業時間に1万年かかってしまっては、元も子もありません。時間の制約条件を加えればよいと思うかもしれませんが、「時間」を論理の世界に統合するには、なかなか難しかったのです。3年前から、Linear Temporal Logic(線形時相論理)の研究プロジェクトに参加しており、今では論理を時系列で扱えるようになっています。エージェントが時系列によって意思決定できるとなると、かなり応用分野が増えるはずです。現在、建設施工モデルをどうにかこの線形時相論理であつかえないか試行錯誤をくりかえしています。
今回、最近注目をあつめている3つのトピックを、学習レベルという切り口からお話ししました。FORUM8のアドバイザーとして、レベル2・3の学習を仮想現実空間で行うような仕掛けができたらと思っております。

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(Up&Coming '16 春の号掲載)
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