この5年ほど、情報通信技術(ICT)機器を用い自動車の燃料消費のモニタリングや走行挙動の解析などを行う研究にウェートを置いている、という日本大学理工学部交通システム工学科の石坂哲宏准教授。その間の、カリフォルニア大学リバーサイド校環境技術研究センターにおける研究留学での経験が、近年の自身の研究手法に大きな影響をもたらしてきたと振り返ります。東京メトロ東西線と相互直通運転する東葉高速鉄道の「船橋日大前」駅を出ると、目の前には日本大学船橋キャンパスへの入り口となる中央門。そこから南へまっすぐに延びた舗道を進むと程なく、緑を縫って整然と並ぶ学舎群の一角に「交通システム研究室(福田・石坂研究室)」はありました。同准教授は前述の研究を進める中で、それまでの実車を使ったモニタリングやミクロ交通シミュレーションによる評価に次ぐステップとして、フォーラムエイトの「UC-win/Roadドライブ・シミュレータ(DS)」の活用を着想。昨年からは同DSにより、その前段までの研究成果に対してドライバーが実際にどう反応するか評価するとともに、さらにそのミクロ交通シミュレーションへのフィードバックにも繋げています。
各種ICTを駆使、交通計画や交通工学、ITS分野の研究に力
▲交通システム工学科 石坂哲宏 准教授
「私たちの『交通システム工学科』は、土木・建設系の中で交通計画や交通工学に特化した(国内でも)非常にユニークな学科です」。石坂准教授は同学科の特徴の一端をこう表現します。
学生数や卒業生総数、校舎面積(私立大学内)、一級建築士試験をはじめとする資格試験合格者数など、様々な「全国トップ」を誇る日本大学。その創立は1889年に遡ります。 その中で理工学部の歴史は、日本大学高等工学校が設立された1920年に始まりました。その後、1928年にはわが私立大学で2番目の理工系大学「日本大学工学部」として再編され、1958年からは現行の「理工学部」に名称変更しています。
さらに1961年、モータリゼーション社会への進展を視野に、理工学部内に交通工学科を設置。以来、自動車交通のみならず、鉄道、航空、海運など広範な交通システムの計画から建設、運用に至るまで関係する技術領域をカバーしつつ発展。それとともに時代のニーズを反映し、学科名も1979年に交通土木工学科、2001年に社会交通工学科と変遷。2013年からは、ICTとの連携によるスマート化や国際化などの社会的な要請を背景に、現行の「交通システム工学科」へと改められています。
同准教授が所属する「交通システム研究室(福田・石坂研究室)」は1992年、システム工学的アプローチからの交通システムの分析を狙いとして、福田敦教授により立ち上げられました。そこでは、交通プロジェクトの計画や評価のためのミクロ交通シミュレーション、プローブ情報収集、あるいはBluetoothデバイスなど各種ICTを活用。従来からの交通計画や交通工学に加え、近年は先進のITS(高度道路交通システム)分野向けの研究も取り組まれています。
そうしたアプローチの中で、同研究室では福田教授がフォーラムエイトの3DリアルタイムVR「UC-win/Road」の可能性にいち早く注目。社会実験でのプレゼンテーションや交通シミュレーションなどに適用してきた経緯があります。
米国での研究経験を活かし、より高度な研究手法を模索
▲VSP研究目的と分析結果
「米国での研究留学の経験を活かして米国で使われているようなモニタリング技術を日本で(のニーズに即して)導入することを想定し、いろいろな研究を進めている段階です」 石坂准教授は2011年8月から2012年8月までの1年間、日本大学海外派遣研究員としてカリフォルニア大学リバーサイド校環境技術研究センターに研究留学。米国における燃費基準の動向を整理し、オフサイクル技術による燃費改善とCO2排出削減の効果を推計する手法の提案、その課題などについて研究を行いました。
もともと交通計画などを専門としてきた同氏は近年、自動車の燃料消費のモニタリングやドライバーの走行挙動の解析に注力。その研究プロセスにICTを採り入れたいとの狙いがありました。その意味で同研究センターには交通計画分野はもちろん、環境やICT系を専門とする多彩な研究者が在籍。環境に関わる自動車のモニタリングなどで先端的な実績を有する研究室に所属したこともあり、そのノウハウを自身がそれまで取り組んできたアプローチと融合することでより高度な研究への展開が期待されました。
その一つが、モニタリングに関連する技術で、車両の走行エネルギーをモデル化する「VSP(Vehicle Specific Power)」。米国滞在中にVSPを使って様々なモデリングがなされているのに触れ、日本での自身の研究への適用が構想されました。
「VSPの数式を推定する中で、実際のクルマの走行抵抗をパラメータ値として入力しなければなりません」。これについて同准教授は「実走行で例えば、時速100kmから時速20kmまで何もしない、ニュートラルな状態で速度を下げると、どのくらいの距離が必要かというような実験から、タイヤや車軸、エンジンの摩擦、空気抵抗などが個々のクルマでどの程度生じているかをパラメータとして表現。(それを基に)VSPモデルの作成を進めているところ」と、現在に至る取り組みの一端を説明します。
▲自動車の燃料消費モニタリングや運転車の
挙動分析にドライブシミュレータを活用 |
▲オープンキャンパスで体験機会を広く提供 |
DS導入の背景とその活用の流れ
▲車内ディスプレイを用いた残り赤時間提供による運転挙動の変化に関する研究発表資料
ICTの積極活用を標榜する同学科の方針が今回の「UC-win/Roadドライブ・シミュレータ(DS)」の導入に繋がっている、と石坂准教授はその経緯を述べます。
米国での研究も踏まえて同氏は、1)エコドライビングの機能をカーナビのディスプレイに表示することでどのような燃料消費削減効果が得られるか、あるいは2)将来的な自動運転を視野に高性能なGPS(全地球測位システム)機器を使い走行速度や走行位置、加減速の仕方などドライバーの走行挙動に焦点を当てた研究を続けています。そのうち後者に関しては、自動運転のクルマによる危険回避の仕方とドライバーの意思との違い、あるいはそのことに起因するドライバーのストレスを測ろうという取り組みも進行中です。
一方、自動車に関するモニタリングに各種アプローチがある中で、同氏らはそれまで、例えば、まず自動車(実車)に機材を取り付け、燃料消費などを直接モニタリング。それを基に、車両や走行速度、車両重量などと、走行状態をVSPで表現して実際の燃料消費や実際の燃料消費を関連付けるモデリングを実施。あるいはミクロ交通シミュレーションを通じ、交通信号制御や道路線形の改良といった各種の交通プロジェクトについて評価してきました。
ただ、ミクロ交通シミュレーションを行い、様々な場面や各種交通施策を評価した情報を作成しても、それは「当該施策により交通の流れがどれだけ良くなるか」を示すのみ。それに対しドライバーがどう反応するかを評価するまでには至りませんでした。
「今、いろいろな情報を車内に提供していますし、自動運転はさらに先のことになるかと思いますが、そういった部分(の評価)でドライバーの反応は最も重要なことだと(の考えが高まってきました)」
そこで次なるステップとしてDSの必要性がクローズアップされ、検討の末、UC-win/Road DSが昨年導入されました。その際、プラグインにより同DSとミクロ交通シミュレーションのソフトウェアとを連携。前述のモデリングで数式化されたデータをDSに入れ、様々に設定した状況下で多くの人に実際に走行してもらう。その過程で収集されたドライバーの反応に関する情報は再度、ミクロ交通シミュレーション上に反映される、という仕組みが構成されています。
DSの導入に当たってはまず、渋谷の街並みをVRで再現。その上で、例えば、前方の信号機の情報を路車間でやり取りし、赤信号の残り秒数を示すことでアクセルワークやブレーキワークの無駄をどれだけ減らせるか、あるいはセンサーを使い歩行者の動きを事前に検知することでどれだけ事故を削減できるか、といったドライバーの行動変化を探るためのイベントが設定されました。
これらの内容を搭載したDSは昨秋以来、複数回にわたりオープンキャンパスで紹介。研究室での活動について楽しみながら理解してもらうとともに、DSや研究に関する率直な意見を聞く機会にもなっているといいます。
今後の展開と、カギ握るDSとミクロ交通シミュレーションの連携
「私が日本の交通状況に即して構築したVSPをこの(DSの)中に入れ、燃料消費の問題について走行評価していこうと考えているところです」
石坂准教授は現在、燃料消費の問題に関し実車を使った各種走行実験を実施しています。今度はそこで得られた情報を基にモデル化し、DSに取り込む。そのような中から、異なるドライバーの反応も含め、実際の燃料消費やCO2排出の抑制にどういった情報の提供が効果的かを探っていく考えです。その際、燃料消費のモニタリング用に自身が開発しているモデルは瞬間的な加速など非常に細かな動きを反映できるため、そうした特性を活用していきたいとしています。
とはいえ、車両の挙動は非常に微妙で、それへの対応の可否はDS自体のスペックに大きく依存します。そのため、現行の燃料消費のモデルに関しては十分な精度を確保できているものの、複数の先行車両を含む周囲の交通状況などを考慮するためにどうするかは今後の課題と位置づけます。
「モデル化して走行燃費を測れるようになれば、次はこれを都市圏全域に拡大していきたいと思っています」。つまり、多様な交通情報が都市圏全域で提供され始めることで個々のクルマの動きがどうなるか、DSとミクロ交通シミュレーションを連携しながら評価し、全域でどれだけの効果が見込まれるかの評価に繋げていきたい、と同氏は新たな展開方向を描きます。
例えば、信号の残り時間の情報を1台のクルマに提供する形で人間側の評価は可能。それを全部もしくは複数台の車両に提供することで周囲の交通の流れにどれだけの影響を与えるか評価する。そこはミクロ交通シミュレーションの出番になるはずで、先行して取り組みを進めていきたい考えといいます。
「DSとミクロ交通シミュレーションがスムーズに連携し、(それにより)地域的な広がりを持つことが出来れば、クルマ1台の評価から交通の流れの評価、さらに都市圏全域に及ぶ効果の評価につながるはずで、(その連携部分でのUC-win/Road DSの対応に)非常に期待しています」
▲交通システム工学科 交通システム研究室(福田・石坂研究室)の皆様