持続可能なモビリティ社会の実現へ自動車メーカーが描く「ITSビジョン」
−具体化進む自律系およびインフラ協調型のアプローチ、サービスの先行体験ツールとして
3D・VRのDSに着目−
道路交通に関わるさまざまな問題を解決すべく、国を挙げて取り組まれている国家プロジェクトの一つ、ITS(Intelligent Transport
Systems:高度道路交通システム)。今回ご紹介するのは、トヨタ自動車株式会社がその具体化に向けた自らの活動について適切に広報することを担う「IT・ITS企画部企画室」です。中でも、自動車メーカーが描くITSに対する考え方、および去る11月に米国ニューヨークで開催された「第15回ITS世界会議」(主催:ITS世界会議ニューヨーク組織委員会)への同社出展内容を中心に焦点を当てて紹介します。 >> セミナーレポート 「ITSニューヨーク」
同企画室ではトヨタが誇るITSの先進技術について、主にイベントを通じ外部へ発信しています。ITS世界会議はその一環と位置づけられ、とくに今回併設された展示では同社が描く近未来におけるインフラ協調型安全運転支援システムの利用シーンを世界各国からの参加者にいち早く体感してもらうことを狙いに新型の体験シミュレータが導入されました。それを実現するに当たって採用されたのが、フォーラムエイトの3次元リアルタイムVR(バーチャルリアリティ)ベースの四輪実車型「UC-win/Roadドライブ・シミュレータ」です。
そこで、今回ITS世界会議への出展に向けて同体験シミュレータの導入決定、システム検討、運営、その後の活用などに関わられている観点からIT・ITS企画部企画室主任の増島保正氏と同主幹の園田耕司氏にお話を伺いました。
|
今日、私たちの暮らしや経済活動と切り離しては考えられない、クルマ。換言すれば、現代社会は道路交通によってもたらされる広範かつ多様なメリットの上に大きく依存して成り立っているとも言えます。その反面、それに起因する交通事故、あるいは都市部を中心に慢性化する交通渋滞、排出ガスなどによる環境問題といった負の側面も指摘されてきました。
これらの課題解決に向けては、行政サイドによる施策はもちろん、自動車メーカーとしてもクルマの改良努力を重ねています。道路交通に関わるさまざまな問題に対し、既存の道路をベースに最先端の情報通信技術(ICT)を駆使、人・道路・クルマを一体的なシステムとして構築しようと産官学が連携しながら取り組むITSは、その一つです。
日本でITSの実用化を推進する民間団体VERTIS(現ITS Japan)が設立されたのは1994年。同じ年に第1回ITS世界会議(パリ)もスタート、以降毎年、世界の主要都市で開催されてきました。
95年に高度情報通信社会推進本部(本部長:内閣総理大臣)が「高度情報通信社会推進に向けた基本方針」を決定。その中でITSの推進が位置付けられたのを受けて翌96年、関係省庁が協力して開発・発展に努めるとする「ITS推進に関する全体構想」が策定され、ITSに国家プロジェクトとして取り組む体制も整っています。
その後、「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(IT基本法)」の施行および「e-Japan戦略」の策定(2001年)、「IT新改革戦略」の策定(06年)などを通じ、関連施策におけるITSへの言及が着実に具体化。それと並行して、カーナビゲーションやVICS(道路交通情報通信システム)、ETC(ノンストップ自動料金支払いシステム)などITSの一部サービスも先駆的に実用化されてきました。
こうした流れの中でトヨタは、来るべきITS社会・ユビキタスネットワーク社会を視野に「安全・安心・快適に暮らせるクルマと車社会の創造」を目標に掲げています。さらにその実現に向けては、クルマがもたらす交通事故や環境負荷といったネガティブインパクトの最少化(Zeronize)と、楽しさや喜びなどのポジティブインパクトの最大化(Maximize)を高い次元で両立。「安全」「環境」「快適」の各領域で持続可能なモビリティ社会の構築を目指す
― とする自らのITSビジョンを描きます。
そのうちITSによる「安全」へのアプローチとして、トヨタは06年に安全な車両開発推進の方向性を示す「統合安全コンセプト」を策定。車両に搭載された個々の安全技術・システムを連携させるとともに、道路インフラとの協調(路車間)、自車以外の車両から得た情報の活用(車車間)を通じ、状況に応じた最適な運転支援を行う「事故を起こさない夢のクルマ」の実現を目指すとしています。
それを具体化する一例が、先行車を含む道路上の障害物との衝突回避、あるいは衝突による被害軽減を図るプリクラッシュセーフティシステム(ミリ波レーダー方式)をはじめとする車両単独(自律系)の安全システム。もう一つが、関係省庁やインフラメーカー、自動車メーカー等と連携して進めているDSSS(安全運転支援システム)・AHS(走行支援道路システム)・ASV(先進安全自動車)といった「インフラ協調型安全運転支援システム」です。
同じく「環境」へのアプローチでは、クルマ自体の改良(燃費の良いクルマの開発)やエコドライブの実践に加え、ICTの活用により人・クルマ・交通環境を一体化させる総合的な取り組みを挙げます。とくにITSの観点からは、交通量に応じたシミュレーションに基づく「燃費の良い走り」「流れを良くする走り」を両立させるシステムの開発、さらには渋滞緩和や交通流改善に繋がる交通インフラ整備への協力を通じたCO2削減・低炭素社会実現への寄与も視野に入れています。
残る「快適」面では、面倒な操作からの解放と、いつでもどこでも必要な情報にアクセスできる環境の実現に着目。運転時の外部情報等の認知や危険物回避等の判断、操作に関わる運転支援機能の高度化を推進。併せて、情報センターに蓄積された道路や交通に関するデータや個々のクルマが持つ情報などをリアルタイムに結びつけることで、多様な情報サービスを提供していく
― といった構想が盛られています。
「ITS自体、開発機能を現在は持っているわけではなく、数年先にどうしていくべきかを企画する部署」 ― 増島保正氏はIT・ITS企画部についてこう説明します。その際、ITSはインフラ協調など自社内のみの対応に留まらない領域を多く含むこともあり、関係省庁などと連携するための渉外部門を独自で設置していることも同部の特徴の一つ、と挙げます。
■ 第15回ITS世界会議(NY)に3D・VRの体験シミュレータ導入
|
ITSの取り組みでは、道路交通全体がシステムとして機能することが重要。つまり、その普及促進に当たっては国内外の幅広い関係者との連携・協力が求められます。そのためトヨタは、ITS研究に携わる世界の研究者や企業・行政担当者らがその実用化に向けて意見や成果を交換する「ITS世界会議」に発足当初から参加しています。
「インフラ協調型安全運転支援システムがどういうものか、実際にクルマに乗ってみれば分かるとは言え、会場ではたくさんの方に乗車して戴くことも出来ないということで、新たに体験シミュレータをつくろうと企画しました」
08年のITS世界会議(NY)出展では「Harmonious Mobility: People, Vehicles, Environment(『人・クルマ・交通環境』が調和した、将来の持続可能なモビリティ社会の実現)」をテーマに、トヨタの目指すモビリティ社会の提案とその実現に向けた取り組みの訴求を図るものと設定。そこでは、近未来での実用化が期待される「i-REAL」の走行デモに加え、新型の体験シミュレータが目玉として位置づけられることになりました。 |
|
▲IT・ITS企画部企画室
主任 増島 保正 氏、主幹 園田 耕司 氏 |
|
▲2008年11月で開催されたITSニューヨークでの
ブーススタッフ集合写真 |
|
▲「i-REAL」
|
インフラ協調型安全運転支援システムシミュレータ
(UC-win/Roadドライブ・シミュレータ)
|
|
|
|
シミュレータを開発するにあたり、直接担当したのは増島保正氏、高橋秀明氏(IT・ITS企画部技術室主任)、松井章氏(技術企画統括センター先端・先行技術戦略室主幹)の三氏。実は前年10月の同会議(北京)で、トヨタは自律系のシステムを体験する他社製のシミュレータを展示。「インフラ協調にも対応したかったのですが、コストや時間がかかると言われまして」断念した経緯がある、と増島保正氏は明かします。一方、同会議に同じく出展していたフォーラムエイト・UC-win/Roadに関する松井章氏からの情報を受けて、07年末には従来の実写映像とパネルによる説明手法に替え、次回会議向けとしてインフラ協調型安全運転支援システムの体験シミュレータ活用を着想。その後、具体化に向けた検討を経て、08年春にUC-win/Roadドライブ・シミュレータの導入を正式決定していただきました。 今回のシミュレータ構築で予想以上に時間を要したのが、ルートの設定でした。名古屋駅前のショールームから駅を経由して高速道路に乗り、豊田市のトヨタ自動車本社に至る間を、実際の複雑な道路構造を再現しつつ、そこに出来るだけ多様なインフラ協調型安全運転支援システムのアプリケーションを盛り込み、しかも一連の操作が3分半程度に収まるよう意図しました。
ある程度出来上がった段階で社内関係者に試行してもらうと、ルートによって複雑な道路構造であるがゆえに運転に意識が傾き、肝心なインフラ協調の体験が薄らいでしまいがちになる、といったギャップが顕在化。そのため、道路構造も何度か変更しながら、走りやすさやITSアプリケーションの見せ方などについて10月下旬の搬送期限ギリギリまで試行錯誤が重ねられました。こうしたシステムの微調整は展示直前まで続けられ、最終的にはフォーラムエイトの担当スタッフが現地で反映するなどの対応に努めています。
「もし、そこでうまく動かなければ、搬送時の状態へ戻すことを前提に最後まで最善を尽くしてもらいました」。作業開始から短期間でシステムを構築し、さらに道路構造を差し替えての検討が求められたことなどを踏まえ、増島保正氏はフォーラムエイトとでなければ実現できないプロジェクトだったと振り返ります。
体験シミュレータの希望者には展示期間中、整理券を配布して対応。体験者は四日間に延べ約200名に上りました。来場者からはインフラ協調そのものに関する質問が多く寄せられたのはもちろん、シミュレータへの関心の高さもうかがわれた、と園田耕司氏は述べます。
09年2月には、「IT新改革戦略」の一環として「大規模実証実験」が行われる予定です。トヨタはそこにもこの体験シミュレータを出展する計画で、現在そのための日本語化作業が進行中。また、数年後にはこれらインフラ協調型安全運転支援システムの段階的な実用化が見込まれることから、それに即した機能拡張の可能性も視野に入れながら、モーターショーをはじめ内外のイベントを通じ、インフラ協調型安全運転支援システムの必要性を、今回制作したシミュレータで積極的にPRしていきたいとしています。
お忙しい中、取材にご対応ご協力いただいた関係者の皆様に改めてお礼申し上げます。 |
|
>> 製品総合カタログ
>> プレミアム会員サービス
>> ファイナンシャルサポート
|