同済大学にある上海防災救災研究所では、フォーラムエイトの避難解析シミュレーションソフト「building
EXODUS」と、バーチャルリアリティーシステム「UC-win/Road」を活用しています。同研究所の火災・消防工程研究室で所長代理を務める韓新博士は、「2006年にbuilding
EXODUSを導入したのに続き、2009年にUC-win/Roadを導入しました」と語ります。
「building EXODUSを導入したきっかけは、開発者である英国グリニッジ大学のエド・ガリア教授との交流があったことです。エスカレーターにおける人の流れについてのパラメーターを交換しないかと言われました」と韓博士は振り返ります。
「もちろん導入の際はSTEPSやSimulexなどの欧米のソフトも検討しました。ほかのソフトは人の流れを流体のように扱うものもありましたが、
building EXODUSは人と人の相互作用もちゃんと考慮して通路が狭くなるところでは人が立ち止まってならぶ状態を再現したり、階段や坂を登るときはスピードが落
ちたりと状況を詳細に再現することができました」(韓博士)。
■ 従来のマニュアルでは対応できない大規模なインフラ
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急速に整備が進んだ上海の地下鉄や道路、ビルなどのインフラ施設は洗練されたデザインで、欧米や日本の最新の街並みにもひけをとりません。上海中心部の人
口は1000万人に迫り、さらに観光客なども集まるため、地下鉄駅の乗降客が行き交う通路や地上との出入り口などは、相当な交通量をさばける設計にしなけ
ればいけません。
「上海の地下鉄や地下道などのインフラ施設は、世界的に見ても前例がないほどの規模のものもあります。そのため、施設の設計や防災対策は、従来のマニュアル通りにはできないこともよくあります」と韓博士は語ります。
韓博士が関与した施設は、上海の中心部にある交通の要所、人民広場駅の地下通路の改良などがあります。従来は限られた通路で大量の歩行者をさばくため、
人の流れを一方通行にしていたため不便でしたが、上海万博の開催を控えた2009年に通路を拡幅した結果、相互に行き来できるようになり、利便性が向上し
ました。
「building EXODUSは、ここ1〜2年の間に地下鉄施設の防災検討などに使っています。操作は簡単ですが、パラメーターの設定には経験が必要です。ソフトと対話しながら、パラメーターが設定できるようになればいいですね」と韓博士は語ります。
また。2009年にUC-win/Roadを導入したのは、building EXODUSの解析結果を、消防部門などに分かりやすくプレゼンテーションする目的もありました。これまでトンネルや地下鉄などの構造物をモデル化し、
バーチャルリアリティーでプレゼンなどに使っています。UC-win/Roadを使っている研究者の数は、韓博士の研究所だけで20数人、このほか大学内
の別の教員など70〜80人が使っているそうです。
■ ガリア教授とbuilding EXODUSのデータを交換
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「building EXODUSとUC-win/Roadの導入で研究内容や方法は変わりました。一つ目は、群集の動きを解析するときに人数や性別のほか、様々なパラメー
ターを定量的に考慮できるようになったことです。二つ目は、building EXODUSによるシミュレーション結果をUC-win/Roadで表現することにより、現場の状況や人々が急いでいる様子をリアルに見せることができる
ことです。専門家でない人に分かりやすく説明できるのはもちろんですが、高さや幅、人の視線の高さ、広さといった状態が3次元で把握できるので、研究者の
考察の幅が広がりました」(韓博士)。
パラメーターで定量的に群集の行動を研究した一例は、エスカレーターに乗った人々のうち、立ったままの人と、歩いて上り下りする人の比率があります。韓
博士らの研究により、上海では立つ人と歩く人の比率がほぼ半分ずつであることが分かりました。エスカレーターの時間当たりの輸送人数を計算したり、エスカ
レーター前の行列長を予測したりするのに使われる上海のデータは、グリニッジ大学のガリア教授にも送られました。
ちなみに、スペインのバルセロナでは、立ったまま乗る人が圧倒的に多く88%にも達します。人々の行動特性にはお国柄があることを定量的に示したこれら
の研究成果は、2008年11月19日に東京・品川で開催された「第2回国際VRシンポジウム」で、ガリア教授が発表しました。
上海防災救災研究所には、火災時に建物などがどのように延焼するかを実験するための火災実験施設もあります。また日本の東京理科大学とも連係し、研究を行っているそうです。
今年5月から10月までの6カ月間開催された上海万博でも、韓博士は専門家として活躍しました。人気の日本館やサウジアラビア館などに6時間待ち、8時
間待ちといった長蛇の列ができたことが話題になりましたが、韓博士は会期中、会場近くの上海万博コントロールセンターで、長い順番待ちの行列についても研
究したのです。「炎天下で、長時間並ぶ入場者のために、ドライミストによる冷却や飲み水の供給、送風機の設置など、考えられることは全部やった」と韓博士
は言います。
事実、上海万博の会場では、入場門前のテントには天井にドライミストの吹き出し口や送風機が至る所に設けられ、会場のあちこちには無料で飲料水を配る施
設がありました。また、行列を整理するジグザグ式の通路には手すりに小さな腰掛けが取り付けられ、時々、休めるような工夫がなされていました。
万博の施設は6カ月という短い期間しか使われない「仮設」と言ってもよいものです。そこに、来場者の健康や安全に対する様々な配慮が行われていたことは、注目すべきことでしょう。
大学の構内で、フォーラムエイトと同済大学の新しい関係が見つかりました。それは土木工学科にある縦横4m四方の巨大な振動台を持つ振動台試験室でのこ
とでした。耐震工学を専門とするルー・ウェンシェン教授は、日本の防災科学技術研究所とも共同研究を行った経験があり、兵庫県三木市の兵庫耐震工学セン
ターにある世界最大の振動台「E-ディフェンス」のこともよく知っていました。
フォーラムエイトは昨年度、同センターが実施した平成21年度ブラインド解析コンテストで、最優秀賞を受賞しました。取材の通訳を務めるフォーラムエイ
ト中国法人の中村圭祐さんがルー教授にそのことを説明すると、とても興味を示した様子でした。中村さんは、ブラインド解析コンテストでフォーラムエイトが
行った解析や、使用した動的非線形解析ソフト「UC-win/FRAME(3D)」などに関する資料を持って、ルー教授を訪問する約束を取り付けました。
同済大学の振動台施設では、中国国内で建設された建物の振動試験を幅広く行っています。振動台施設の建物のすぐ脇には、2階建てくらいの高さがある巨大
ビル模型がたくさん置いてあり、まるで高層ビル街のようです。その中には、上海で最も高い上海環球金融中心や、人民広場の脇に立つルロイヤルメリディアン
上海ホテル、そして上海万博の中国パビリオンなどもありました。
中国において、大学はフォーラムエイトの有力顧客です。今回の取材とは直接、関係のなかった振動台施設の訪問をきっかけとして、新しい販路開拓の道を模索しようとする中村さんの姿に、フォーラムエイトの国際展開力の一端を垣間見る思いがしました。
(取材/執筆●家入龍太) |
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▲同済大学のキャンパス |
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▲同済大学上海防災救災研究所の韓新博士 |
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▲同済大学上海防災救災研究所副所長の
羅奇峰教授 |
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▲上海万博でパビリオン入場を待つ人々のために
設けられたドライミスト装置 |
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▲上海の中心部にある地下鉄人民広場駅 |
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▲Building EXODUSとUC-win/Roadで作成した地下鉄駅の避難シミュレーションモデル |
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▲振動実験に使われた上海環球金融中心の模型 |
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▲左:上海環球金融中心(実物)
右:フォーラムエイトの入居している世界広場ビル |
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