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前回は、米国の組織設計事務所におけるCADオペ事情を紹介しました。今回は、日本の教育現場のシステムにおける融通の利かなさと、良くも悪くもシステムに不確定要素が組み込まれた米国との比較について触れ、併せて、オランダでの建築系学会の折、「著名な」インスタレーションと遭遇したエピソードについても紹介します。
■著者プロフィール
楢原太郎氏氏(ニュージャージー工科大学 建築デザイン学部 准教授)は、米国マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学で学び、現在はニュージャージー工科大学で教鞭を執られています。大学教育の現状やコンピュータ、デザインなどの専門分野の動向などを現地からレポートいただく企画です。 |
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日米お受験事情
東京で立ち食い蕎麦屋に駆け込み、財布を開いて見ると小銭だけが数えるばかり、ヤバイ、丁度「1円」足りない。こんな時「あー、また次の時で好いよ」と言って見逃してくれた蕎麦屋のオバちゃん達はほぼ東京から姿を消した。日本では1円でも足りなければアウトだ。厳密で秩序だった近代国家。サービスに関しては至れり尽くせりの気の効き様だが、少しでも規範から外れようものなら即刻疎外される融通の効かない厳格な日本。
一方、世界的基準からすれば同様に「超」近代国家のアメリカでは、愛想悪くて表面上のサービスに関しては酷い物だが、1円どころか百円位は平気で大目に見てくれる「いい加減さ」が秩序の中にいまだに混在しており、そこにある意味この国の強さも隠れている。かつてインドやエジプトを放浪していた頃はバイクタクシーに乗るにしても何を買うにしても必ず道端で大声でがなり合いの値段交渉に始まり、最後にまた一悶着あって、しかしいつの間にか合意が生まれると言う論理性は極めて薄いが人間同士のガチンコの駆引きのHeuristicな過程を体感した。米国ではそれに近い、交渉次第で如何にでも化ける様な不確定要素が時として意図的に残されている様に思える。
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■新旧建築に溢れるアムステルダム。EYE Film Institute 映像
美術館では映画狂には嬉しいフェリーニの回顧展をやっていた。 |
レストランで払うチップ一つ取って見てもこれはサービス料であり、ウェイターへの賄賂でもあり、食ったもんに対する確定した料金など初めから存在していないのだ。これは入学試験等でも同じで、日本では試験のみで1点でも基準点に届かなければ終わりだが、アメリカの大学・大学院入試では一発の点取り試験以外に質ベースの評価による様々な曖昧な項目が取り込まれていて、正直言って宝くじ位に考えて挑んだ方が無難である。その最たる物がオフィシャルな推薦状で、これは入学させるべき人間を合法的に入学させられる恰好の項目と言える。超優秀な人間は如何様にしても入って来るのだから関係無いが、「有力者の大臣様が有能な人材と仰っておられるではないか」と言えば極めて合法的にアホなボンボンでも入れる訳だ。如実に日米の教育の価値観の違いを反映していて、こういった事に何のやましさも無い。寧ろ「私は体を張って偉いさんから推薦状をゲットして来たのだ」と言う事実が、その背後に如何なる利害関係に纏わる手段や駆け引きが有ったとしてもスキルとして重視される。実社会でのサバイバルで勝てる人材を、試験で1点でも多く採れる人間以外にも積極的に採る姿勢が既に教育の場から始まっているのは面白い特徴だ。学部時代からディスカッションやプレゼンを繰り返し、専門分野のコンテンツ制作以外にも、自分を売り込む技術が試される。
ついでに挙げると外人だとTOEFLやGRE(学部だとSAT)と言う試験が確実に足切りに使われ、結構ネックになる。つまらん規格化された問題ばかりだが嘗めて掛かると失敗する。他のアジア諸国では米国の超有名校に入る事がその国の最難関校入学と同等かそれ以上に評価され、お受験コースの一つとして認知されていて、TOEFL/GREの塾では、如何なるアルゴリズムを駆使して出題傾向を類推しているか知らんがネイティブ顔負けに殆どの学生が満点を採る様になってしまったのでSpeakingのセクションを試験に加えたりして、いたちごっこを繰り返している様だ。建築やデザイン系分野で重要なのが作品集の提出。有力者の推薦状が無くてもこれ一発で大逆転が可能だ。判定基準如何に関わらず斬新な方が良いようだ。数学科出身で建築大学院に出願した私も淡々と位相幾何学の図形や数式を薀蓄を添えて列挙して見たのは案外受けた様だ。デジタル系を前面に押し出した表現が好まれる大学もあれば、控えめで保守的な表現の中にもスキルと知性が垣間見られる様な出し方じゃないとお下品と落とされる大学もある。知人の先生によると、作品集の中には最後のページに我が目を疑うようなセレブかなんかのブロマイドの様な凄い美人の写真を自身の履歴として添付してくる学生も結構いるそうで、採用後に本当に当たる確立は五分五分だそうだ。
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■運河沿いの家々。どれも皆個性的な顔をしている。集合住宅等も吊ったり張り出したりの建築が異常に多い。 |
先日オランダのデルフト工科大学でeCAADe(the Association for Education and research in Computer
Aided Architectural Design in Europe)と言うヨーロッパを中心としたCADと建築の学会で発表に行ってきた。勿論、久し振りにヨーロッパに行けると言う不純な参加理由からだ。アムステルダム着、一日中運河周りを歩き回り新旧建築散策後、夜、胡散臭いバーの前の「リブ・ステーキ食い放題9ユーロ」の看板に魅了されて入ると、妙な事にウェイターは座席は一杯空いているのにカウンター席ばかり指すから座って食いたいと言ったら拒否された。こんな露骨な差別的な扱いを受けたのは、英国で以前一度位だと憤慨して文句ブーブー店を出たが店頭に立っていた顔中入墨だらけの
薬中っぽいバウンサーのお兄さんには「店主の意向だから仕方が無いんだ」と申し訳なさそうな顔で見送られた。飾り窓(赤線地帯)や大麻が合法化されたコーヒーショップの並ぶ街だけに油断は禁物だ。気を取り直して学会開催地のデルフトに向かう。夜着くとデルフトは無人の真っ暗闇でザーザー雨の中を11時でフロントは閉まると言う宿を探して独り焦りながら彷徨った。今晩は雨の中野宿かと腹を決め掛けた時、傘を差して犬の散歩をしている女の人が視界を横切った。縋る思いで事情を説明すると、とんでもない見当外れな遠くまで来ていて吃驚されたが、なんとその場で自宅まで戻って車で運転して送ってくれて最後には自分の差していた折れた傘までくれて、またサーと帰って行った。なんの恩着せがましさも無く余りの次元を超えた親切さとサッパリ度に正直圧倒された。これがオランダ人か...
肝心の学会の方は若手研究者の建築系ソフトのアイディアやデジタルファブリケーション系の発表がやはり多く、建築系アプリでは一つで全てのニーズを満たす様な統合開発環境というものが存在せず、如何に環境解析、構造解析、人間行動モデル、デザインと言ったソフトウェア同士の分化した性能を繋げて作業に生かしていくかと言った事が繰り返し議論されていた。もし仮に遺伝的アルゴリズムを使って複数の他のソフトウェア上で出て来た評価値を基に多目的最適化を行うとしたらソフトウェア間の連携と言うものは当然重要となってくる。一通りこの辺の話が終わると、学会創設メンバーの長老達がオールスターキャストで功労賞的な物を渡し合ったりしてお互いに持ち上げ合う、どんな学会でもお約束的な微笑ましい一幕があり、同時に一生クリエーターとして発信し続ける事の難しさの様な物を皮肉にも痛感してしまった。更に何も組織的な活動をしていない自分など、こうやって彼等の様に若造を前にして昔採った杵柄的な話をする事すらもないのだろうと考えると勝手に独りで少々ブルーな気分になって来た。気分一転デルフト郊外にある閑静な住宅地を通ってある場所をめざして歩を進めた。随分歩いて丘の上を上りきると、其処にそれらは無造作に放置されていた、一連のビースト達である。
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■デルフトにあるテオ・ヤンセンのアトリエ。コンテナを使った作業場の中も一般開放もしている。 |
オランダ人芸術家テオ・ヤンセンのStrandbeestと呼ばれる風力で無人歩行する塩化樹脂パイプで組上げられた、各種様々な形態のビースト達は柵も何もない無防備な場所に雑然と置かれており、コンテナを使って作られたアトリエも自由に見学でき、これが世界的著名なアーティストの製作現場かと愕然としたが、彼の素朴で飾らない孤高な性格が垣間見れる。天日に晒されて変色した塩化パイプは本物の白骨の様で思いの外リアルで生々しい印象だった。
最新の物は上部に連結されて並んだペットボトルに取り込まれた風力が圧縮空気として蓄えられ、風の方向が変わったり障害物に触れると自動的にクラッチが作動し空気弁の方向が反転し、蓄えられた空気圧が今度は動力としてビーストの関節を歩行に導く。思わずこの複雑に絡み合ったポンプの仕組みに見入っていると、テオの助手を名乗る青年が親切にもその場でプシューとビーストを可動して見せてくれた。日本ではテオはビートたけしの番組にも登場した超有名人だと言ったら、地元では殆ど誰も知らないんじゃないかと以外な返答が帰って来た。そんな助手の彼も自身は考古学者で偶々付き合っている彼女がテオの娘さんだったからと言うのが助手に成った経緯らしい。「自分は専門外だし良くは分からないんだが付き合ってやってるのさ、でもテオは本当に良い奴だぜ」そう言い残すと彼もやがて何処かへ消えて行き、何も無い丘の芝生の上にビーストだけが風に揺れていた。
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■見学者を迎える無造作に放置されたビースト達。
ペットボトルに取り込まれた圧縮空気を動力に換えるシステム。 |
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(Up&Coming '13 晩秋の号掲載) |
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