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前回は、米国の大学での熾烈なポスト争い事情と併せ、安価で容易な電子工作を実現するArduinoを取り入れたワークショップを紹介しました。今回は、同国内の組織設計事務所におけるCADオペ事情や、様々なクリエーター達が集まる新たなラボとして注目を集めるブルックリン・ネイビーヤードを紹介します。

■著者プロフィール
楢原太郎氏氏(ニュージャージー工科大学 建築デザイン学部 准教授)は、米国マサチューセッツ工科大学、ハーバード大学で学び、現在はニュージャージー工科大学で教鞭を執られています。大学教育の現状やコンピュータ、デザインなどの専門分野の動向などを現地からレポートいただく企画です。

Vol.4 CADモンキー・ブルース/
NEW LAB @ Brooklyn Navy Yard


CAD モンキー・ブルース

我々日本人もほんの一昔前までイエローモンキーと呼ばれてアメリカから忌み嫌われていた訳だが、人種偏見はヘビーなテーマだ。NYCで勤務していた頃、近道をしようと建設現場を突っ切っていきなり物陰からナイフを突き付けて来たのも黒人だったし、通りを歩いていて唐突に体当たりされよろめくと、お前にぶつかったせいで眼鏡に傷が付いたと難癖を付けられ路上で30分以上口論になった相手も黒人だった。「財布をすられて帰りの汽車に乗る金が無いから貸してくれ」と言葉巧みに同情心を買い私から20ドルをせしめたペンシルバニア大学教授を名乗る男は、2日後に路上でばったり再会、ダッと逃られたが、これはアジア系の詐欺師だった。(後からタイムズスクエア辺りにこの手の奴等が多いと知った)既に上の例から粗暴な黒人、間抜けでお人好しな日本人と言うイメージの伝播にアホな私も一役買ってしまった訳だが、偏見とはこう言った些細な形で一個人のスケールで継承されて育って行く以上、いくらオバマが大統領に選出されても改善には時間がかかるだろう。

多人種が共存している米国では、何処へ行っても第一線で様々な人種が活躍している肯定的側面もあるが、実際には人種ごとの職種の偏りがこれ程顕在化された場所も無い。ビルの清掃員はほぼ決まって黒人かヒスパニック、デリバリーの配達係はヒスパニックやアジア系、逆に五体満足でまともに喋る白人が清掃員をやっていたらex-con(前科者)かと疑われるのが関の山だ。何処の国にも人種に纏わるお国の事情はあるだろうが、米国の場合は非常にビジュアルで、マイノリティーの人間が肌の色の違う王侯貴族か何かの為に仕えている様な気分にさせられたとしても弁解の余地が無い。スターウォーズやロード・オブ・ザ・リングでは奇妙な容姿とアクセントで喋る様々な種族が登場して非の打ち所の無くクリーンな主人公達と確執を繰り返していくが、そんな中の主人公では無い一種族を延々と演じさせられている様な奇妙な錯覚に著者も一時期NYCの某大手組織事務所に勤務していた時はさせられたものだ。

■ニューヨークの中心マンハッタン島からイーストリバーを挟んでブルックリンを繋ぐブルックリンブリッジ。
ワールドトレードセンターの近くから歩いて渡れ、前方にはかつての造船関係の工業地帯、
振返るとマンハッタンの摩天楼がならぶ。

人種差別とは関係無いかもしれないが「CADモンキー」と言う単語をご存知だろうか。モンキーは卑語で猿真似等あまり有難くない意味だが、米国の設計事務所では90年代から図面のデジタル化が本格的に始まり、それまでの青焼き等を使った手作業が各種CADソフトウェアの作業に転換され、そこに必然的に大学院出立ての若い世代が投入された。特に分業化が進んだ大型組織事務所ではこの傾向が強く、大学で学んだ崇高な哲学的建築を実践するはずが、一転して単調な機械的線引き作業に没頭させられ、辟易した若者達は自身の事を自虐的にCADモンキーと呼んでいた。当時大型組織に2年程所属していた著者も例外でなかったが、ある時日本の組織事務所勤務の友人から「ああ、図面なんてキャドオペのおねーちゃんが描いてくれるから関係ねーよ」と聞きネットで調べると、「学位の有無を問わずフレックスタイムでパートの主婦にも大人気の職種」と出てきた。アメリカでは高い学費を払って大学院を出てハーバード出身者でもパートレベルの仕事をしているのかと、キャドオペレーターの方には失礼かもしれないが逆にカルチャーショックを受けた。

日米で設計の流れは違うので一概に言えないが、敢て比較的経費のかかる学歴組をキャドオペとして兼用し続けた結果、高い設計知識を併せ持つCADユーザー人口が一定以上増え、一般個人レベルでCADをカスタマイズして建築の設計のプロセスに応用して行く姿勢が生まれた。それが後の米国内でのアプリケーション内のスクリプティング機能の普及やBIM製品の発展・教育に貢献した観も否めない。特に米国の大学の建築系学部ではスクリプティングやBIM関係、3次元CADの授業が格段に充実している。

しかし、いずれにしろ特定のアプリに熟知しているだけで乗り切れる時代は終りつつあるようだ。次の年にはもっと簡単で利便性の高いソフトが登場し、血眼で習得したスキル自体が無に帰する事も有り得る。

組織事務所勤務時代、どういう経路で入社して来るのかヨーロッパ系のモデルの様な新人おねーちゃん達に毎日CADを教、結局私が徹夜して設計も図面も模型も準備し、何か粗相があると全部私が責められると言う環境に在って、ある時、残っていた全休暇日を使い切って退職、翌日からある職人肌の建築家先生の個人事務所に転職してしまった。上司との確執等ストレスも有ったが国際的な社会勉強させて頂いたと言う意味では非常に濃密な2年間であった。更に蛇足であるが、脱出してから半年後、この組織事務所では二百人余りが一日で解雇された。

それでは米国の若手建築家やクリエーター達は組織のCADモンキーに甘んじる事無く、何処で如何にして活動し独立の地盤固めを行っているのだろうか。そんな一例として今回はブルックリン・ネイビーヤードを訪れて見た。戦時中は海軍造船所として繁栄したエリアだが66年の閉鎖以降は近隣は荒廃、しかし最近になって嘗ての巨大な造船工場を改装して様々なクリエーター達が集まる新たなラボとして生まれ変わろうとしている。

■かつて賑わった海軍造船所ブルックリンネイビーヤードの敷地周辺に若いクリエーター達が集まり再活性化が始まっている。

■巨大な造船所を改装して3Dプリンターや各種工作機器を共用する形で活動していくクリエーターや新規企業家のための創作の場としてNEW LAB が2015 年に開設予定。(詳しくはhttp://newlab.com)(写真提供:Terreform ONE)

そのNew Labの創設の中心に現在いる元MITメディアラボ研究員で自身も非営利団体Terreform ONEの共同代表を務めるMitchell Joachim氏からその活動について簡単な説明を頂く機会を得た。

Joachim氏によるとNew Labは選ばれたクリエーターや革新的な新規企業家に比較的安価な賃料で創作の場を提供し、個人では購入不可能な高価なレーザーによる光造形法や金属積層造形を使った3Dプリンター、各種大型工作機械等を共用する事で、彼らのインキュベーターとして機能するようなコラボレーションの場の設立を目指しているそうだ。前衛アートコロニーにシリコンバレー調の技術革新の気風を併せ持った場と捉えて集まって来る人も多いようだ。

本格的には2015年から現在建設中の新施設に移転するそうだがJoachim氏率いるTerreform ONEでは手始めとして2.5ヘクタールの屋上庭園ならぬ屋上農場を様々な分野の研究者との都市緑化研究の場として隣接するビルに開設している。その一環として接木(Grafting)の技術を発展させて積層可能な複雑な構造体を実際に栽培し、それを使った完全自給自足型の有機的都市構築のビジョンを提唱している。

また専門分野の枠を超えて生物化学者グループとのコラボを積極的に行い、バイオテクや遺伝子操作を使った建築実験も進行中の様である。限られた取材と紙面の関係で今回は踏み込んだプロジェクトの細部まで紹介しきれなかったが、確立された既存の大学研究室や組織に限らず、積極的なクリエーター個人のレベルでの科学者や技術者との共同開発という姿勢は新たなコラボレーションの形態の一つとして、最近盛んなDIYカルチャー(Do It Yourself) と相俟ってこれからも注目されて行く様だ。

■ Terreform ONE を主催するMaria Aiolova と Mitchell Joachim 共同代表( 右) と都市緑化研究の一環として彼らがNEW LAB に設置している屋上農場( 左)。分野を超えた研究者や学生との交流・ワークショップを行っている。(写真提供:Terreform ONE)

■ NEW LAB で活動するNPO 団体Terreform ONE の提案している完全自給自足型の有機的都市構築のビジョン(写真提供:Terreform ONE)この他にも様々な提案や詳しい説明が彼らのウェブサイトから閲覧可能である。(http://www.terreform.org



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