はじめに
建設ITジャーナリストの家入龍太です。橋を見るとき、車道や歩道などがある橋桁に目がいきがちですが、それを支えているのが橋脚です。通常、橋脚は真下に働く車の荷重を主に支えていますが、いざ、地震が発生すると地震力によって橋軸方向や橋軸直角方向の水平荷重を急きょ支えることになります。
そして橋桁は橋脚ごとに分かれているのではなく、いくつかの橋脚にまたがる部分を一体化した「連続桁」と呼ばれる構造が増えてきました。また、橋桁と橋脚の間をつなぐ支承といわれる部材は、固定式のものやローラー式のもの、さらには免震支承と呼ばれる地震動の揺れを逃がすものなど、多岐に亘っています。
そのため、橋脚に働く力の大きさや方向は橋桁や支承の構造によって大きく変わることになります。最も大きな力がかかる地震時にも耐えるようにコンクリート断面や配筋の太さ、本数、配置などを決めるためには、垂直方向や橋軸方向、橋軸直角方向などに作用する荷重の大きさを適切に設定し、構造計算により各部の応力度やひずみなどが許容値以内で収まっていることを確認する必要があります。
また、1995年に発生した阪神・淡路大震災では、“想定外”の地震動により多くの橋梁や高架橋が倒壊しました。この被害を教訓にして、設計用の地震荷重の大きさが見直され、弾性範囲を超えた荷重や変位、ひずみに対しても橋の崩壊や落橋など最悪の被害を防ぐための設計方法も整備されました。
以前の設計基準で十分な強度がないと判断された既存の橋脚は、周囲を鋼板や鉄筋コンクリートなどで巻き立てて補強する工事が進んでいます。こうした工事では、最新の設計基準や設計手法を適用するために、古い橋脚の強度や構造などを推定する「リバース・エンジニアリング」のような作業も必要となってきます。
製品概要・特長
今回のセミナーで橋脚の設計実習に使われたソフトは、フォーラムエイトの「橋脚の設計・3D配筋(部分係数法・H29道示対応)Ver.2」(以下、H29橋脚の設計)と「震度算出(支承設計)(部分係数法・H29道示対応)Ver.2」(以下、H29震度算出)です。最後の既設橋脚の検討や補強設計の実習では、「橋脚の設計・3D配筋 Ver.14」(以下、H24橋脚の設計)や「震度算出(支承設計)Ver.10」(以下、H24震度算出)も使われました。
「H29橋脚の設計」は、「道路橋示方書・同解説 IV下部構造編(平成29年11月)、V耐震設計編(平成29年11月)」に基づいて、鉄筋コンクリート橋脚の設計計算から、図面作成までを一貫して行うプログラムです。
図面作成では、一般図のほか配筋図、組み立て図、加工図、鉄筋表などの図面を一括生成し、簡易な編集も行えます。作成した図面はDXF、SXF、DWG、JWW、JWCの各ファイル形式で出力することができ、図面に対応した数量表の出力も行えます。さらにEngineer's
Studio®データファイルエクスポートにもデータを引き継いで設計や解析を行うことが可能です。
一方、「橋脚の復元設計計算 Ver.3」は図面が残されていない既設橋脚の強度を、現在の設計基準で検証するものです。構造物の配筋を推定する場合や、残されている設計計算書を元にした再計算により設計の妥当性を検証する「復元設計計算」を行います。「橋脚の復元設計計算」は、平成2年から平成14年までの「道路橋示方書・同解説
V耐震設計編」に従った橋脚柱の保有水平耐力法に特化した設計計算プログラムです。
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▲「橋脚の設計・3D配筋(部分係数法・H29道示対応)」の画面 |
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橋脚の設計は、以前に比べると荷重の設定や計算方法が非常に複雑になっていますが、これらのソフトは荷重の組み合わせや作用する方向、そして計算方法をメニューによって整理し、計算根拠を明確にしながら橋脚の設計を進めていくことができます。
また、以前の設計法は弾性範囲内での応力度を照査する方法が主流でした。それを最近の新しい考え方に基づく設計基準でももつかどうかを照査する復元設計計算のソフトは、構造物を維持管理や補修・補強を行いながら長寿命化をはかる今日には、欠かせないツールと言えるでしょう。
体験内容
2018年5月25日、フォーラムエイトの各支社で「橋脚の設計・3D配筋(部分係数法・H29道示対応)/橋脚の復元設計セミナー」が開催されました。講師はフォーラムエイトUC-1開発第2Groupの福島直紀さんとVR開発Groupの首藤阿千雄さんが、宮崎支社の会議室から、テレビ会議システムで全国の会場にネット中継しました。
私は東京本社のセミナールームで聞いていましたが、講師のパソコンの画面が目の前のスクリーンにリアルタイムで映し出され、講師の声や表情もテレビ会議システムを通じてはっきりと伝わってくるので、まるで目の前に立って講義しているかのような臨場感でした。
今回のセミナーは有償でしたが、各会場には多くの参加者がつめかけており、これらのソフトの活用に対する関心の高さが感じられました。
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▲宮崎支社にいる講師の声や表情がテレビ会議システムによって
リアルに伝わってくる。東京本社セミナールームにて |
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午前9時30分に始まった講習は、橋脚のタイプや部材の強度や基礎の安定を確保する上での照査部位、大きな地震などで配筋などが弾性範囲を超えるために塑性化や非線形性を考慮する部材など、橋脚設計の概要から説明が始まりました。
続いて平成29年度版の道路橋示方書で示された計算理論の解説です。橋の耐荷性能に影響を及ぼす荷重が大きさや頻度によって「永続作用」「変動作用」「偶発作用」に分かれていることや、荷重の組み合わせの考え方、耐荷性能と耐久性能の違い、支承が固定か可動かによる橋脚の荷重受け持ち範囲などについて解説しました。
その後、直接基礎をT型橋脚の設計計算の実習が始まりました。
まずは、題材となるT型橋脚のモデリングです。と言っても、橋脚のタイプを選んで主要部分の寸法や鉄筋の太さ・本数、配筋間隔などの数値を入力すると自動的にモデルが完成する「パラメトリックモデリング」による入力なので、部材をひとつひとつ形作っていく手間がありません。
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▲部材の強度や基礎の安定性を確保するための照査部位 |
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このほか、時刻データを誤って読み出すエラーや計測値をサンプリングする周期や境界値の設定、センサーの劣化による感度やゼロ点の変化に対する更生、音声波形の非連続による大きな雑音発生など、リアルな現象や機器を扱うシステムならではの注意点を説明しました。
この入力方式については、一般のBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)やCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)のソフトに比べると、一歩進んでいると言えそうです。
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▲主要部分の寸法や数値の入力によりモデルが
完成する「パラメトリック・モデリング」を採用 |
▲梁の形状入力画面。様々な断面があらかじめ用意されている |
地震応答解析では、面倒な地盤バネの計算が必要になります。この部分も地表面の形状を選んで、橋脚のフーチング基礎周りの地盤反力係数や埋め戻し土の厚さなどの主要数値を入力するだけで自動的に計算してくれます。
最後に永続、変動、偶発の各荷重に対する照査方法を静的解析で行うか、動的解析で行うかや、主荷重によって柱に生じるモーメントを考慮するか無視するかといった、細かい条件を設定すれば、橋脚のモデリングや計算の条件設定は終わります。
そしていよいよ計算実行です。計算確認、安定計算、部材設計など、行う計算に対してそれぞれ1回、ボタンをクリックするだけで作業は終わります。最後に「計算書作成」のボタンをクリックすると、作成された橋脚のモデルの図面や諸元、計算結果がきれいにレイアウトされた報告書ができあがります。
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▲面倒な地盤バネの計算も、主要数値を入力
するだけで自動的に行ってくれる |
▲自動作成された橋脚モデルの図面や
諸元一覧表 |
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続いて複数の橋脚に支えられた連続桁を想定して、地震時の応答計算を行いました。橋軸方向の地震動に対して、固定支承が付いている橋脚が橋桁に作用する水平力をすべて支え、可動支承が付いている橋脚には橋桁による地震力は作用しないという考え方です。
続いて複数の橋脚に支えられた連続桁を想定して、地震時の応答計算を行いました。橋軸方向の地震動に対して、固定支承が付いている橋脚が橋桁に作用する水平力をすべて支え、可動支承が付いている橋脚には橋桁による地震力は作用しないという考え方です。
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▲固定支承が付いている橋脚が橋桁全体の
水平地震力を支えるという考え方 |
実習では5径間連続桁の橋梁を題材にしました。この計算は、すでに作成済みの橋脚データを使用し、地盤の影響を無視するという条件で行いました。
ここまでに作成した橋脚のモデルは、地震時の耐力などを照査するために作られたものです。これを図面として出力するためには、アンカーボルトと鉄筋が干渉するのを防ぐために、一部の鉄筋をずらすなど、実際に建設可能な状態に調整する必要があります。
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▲橋脚の応答計算結果 |
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▲アンカーボルトをよけて、干渉を防ぐように鉄筋の配置を微修正した例。
実際の図面作成ではこうした調整が求められる |
▲精密なCIMモデルのような3D鉄筋図 |
実習の最後は、以前の設計基準で建設された既設の壁式橋脚に、鋼板併用鉄筋コンクリート巻き立て工法による補強を施して、現行の道路橋示方書に適合させる確認を行いました。
あらかじめ作成された橋脚のデータを「H24橋脚の設計」で検証すると、橋脚の中央部で主鉄筋を減らしてある「段落とし部が先行して損傷」するなど3つの点で照査を満足していないことが明らかになりました。そこで、橋脚の柱部分全体に鉄筋コンクリートを巻き立てるとともに、下部をさらに鋼板で巻き立てるという補強を行うことを想定しました。
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▲鋼板併用鉄筋コンクリート巻き立て工法による補強を施した橋脚 |
▲計算結果のすべての項目が「OK」となった
補強後の橋脚 |
イエイリコメントと提案
今回のセミナーを受講して、橋脚の設計ソフトが以前の弾性範囲内での許容応力度による照査だけを行っていた時代に比べて、格段に複雑化、高機能化しているのに、あらためて驚かされました。
例えば、耐力や安定性を照査するポイントも以前は最も曲げモーメントが大きくなる部分や鉄筋の段落とし部など、いくつかに限られていましたが、現在のように鉄筋の降伏や塑性変形を考えるとどこが致命的になるのかわからないため、橋脚を50分割して最も条件が厳しくなる部分を突き止めるといったことです。
それから、過去の設計基準で作られた橋脚を現行基準に適合させるための補強工事では、昔の図面がなくなっていることもあるので、建設時の設計基準に適合する鉄筋量などを合理的に推定する必要も出てきます。これはベテラン設計者のリバースエンジニアリング力が求められます。
しかし、これからは少子高齢化による労働力人口の減少がますます顕著になる一方、既存の構造物の補強や補修などのニーズも増えていきます。そこで、ベテラン設計者に代わってAI(人工知能)の活用も考えていく必要もあるでしょう。
橋脚の外観と建設年などの手がかりとなる情報から、建設当時の設計基準に合致する最も合理的な配筋をAIによって推定する技術も求められてくるでしょう。AIのディープラーニングを使って、多くのベテラン技術者のノウハウをデータ化し、繰り返し活用できるようにしておくことで、少ない技術者が多くの設計業務をこなしていくことができるからです。
橋脚の補強設計に限らず、既存の2次元図面を読み取って3Dモデル化するなど、設計分野におけるAIの活用範囲は広そうです。
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