その建学以来脈々と受け継がれてきた「実学の精神」(実証的に真理を解明し問題を解決していく科学的な姿勢)を反映し、それを体現する形で1990年に開設されたのがSFCです。そこでは、多様化かつ複雑化する社会に対し、既存の学問体系を越え「テクノロジー、サイエンス、デザイン、ポリシーを連関させながら問題解決をはかる」との目標が掲げられています。
SFCには総合政策学部、環境情報学部および看護医療学部の3学部と、政策・メディア研究科および健康マネジメント研究科の大学院2研究科を配置。大学・大学院を合わせて学生数は約5,000人、専任教員は約140人(数字は2017年5月時点)を数えます。
環境情報学部のスタンスとユニークな研究会のアプローチ
環境情報学部はSFCのオープンに合わせ、総合政策学部とともに1990年に設置されました。その際、既存の学問の壁を取り払って学際的にいろいろ一緒に学んでいこうとの考え方に立脚。前者が比較的理系の、後者が文系の内容をカバーするといった役割分担が構想されました。
「環境情報学部は、その名称から自然環境をテーマにしていると思われがちです」。ただ、両学部はカリキュラムを共有し、学生は両学部を自由に行き来して学べるため、入学してしまうと両者にあまり違いはないのが実情、と加藤准教授は述べます。つまり、心理学でいう「affordance」の観点から、自然環境のみならず人を取り巻くものを「環境」と捉え、そこにあって人の行動の基となる「情報」について学び、それを課題解決に繋げていくことを使命としている、と位置づけます。
その中で「時代を切り拓く新しい学問をつくる」「世界に通用する研究をする」というSFCの一貫した理念の下、両学部では開設早々他に先駆けてAO入試を導入。さらに2011年からはグローバルな問題に対処できるICT(情報通信技術)分野の創造的能力とガバナンス能力を英語のみでも修得できるGIGAプログラムをスタートしています。
SFCの最も大きな特徴と同准教授が挙げるのは、冒頭でも触れた、他大学などのゼミとは異なる研究会の在り方です。そこでは、外部との連携を通じ実践的な問題解決能力を養うための研究活動と、学生自身による能動的なアプローチを重視。扱われる研究分野は多様で、両学部双方から、一年生からでも参加が可能。また先端的な研究活動と専門性の追求を意図した、教員と学生の対等なパートナーとしての関係もユニークです。
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HPL(Human Performance Laboratory)が取組む研究内容 |
HPLを特徴づける評価手法と多様な研究
人間の広範な領域に及ぶ振る舞いに対し、心理的・身体的な側面から様々な課題について研究するHPLでは、スポーツ心理学および人間工学的なアプローチにより人間の行動を実験的に検証しています。
そこで用いられる手法は、アンケートやインタビューなどを通じて人の主観を比較・データ化する「主観的評価手法」と、眼球運動や生体信号など本人が自覚できない生体反応や各種行動をデータとして取得する「他覚的評価手法」に大きく分けられます。
そこで、もう少し簡単に自分たちでアレンジしてシミュレーションできるソフトウェアをと6年ほど前から様々な製品を当たりながら探すうち、自らのニーズに即して使えそうなUC-win/Roadに到達。自身が5年前に初めて交通システム研究室を立ち上げるにあたり、当時取り組んだ科学研究費助成事業を利用してUC-win/Roadを購入。さらに、文教大学に移り交通システム研究室を設置した3年前、UC-win/Road
DSシステムとして導入しています。
そのうち後者は、加藤准教授の恩師・福田忠彦教授が提唱した概念で、研究会としてのHPLを特徴づける手法でもあります。スポーツの世界でよく言われる「体が勝手に反応する」といった言語化の難しい状態を何らかの形で表現する際、例えば、熟達者と普通の人の視点の動きを測定。その差異に基づく熟達者の技やコツの考察の有効性が期待されました。
また、人間の振る舞いに関わる環境にはモノや人間同士の繋がりなど幅広く含まれるため、HPLの研究対象もスポーツはもとより、芸術やビジネス、人間関係など多岐にわたります。その中で重視されているのが、前述の各種評価手法の的確な活用です。とくに、最先端のICT活用にウェートを置くSFCのスタンスを反映し、HPLに参加する学生は眼球運動や生体信号の計測、モーションキャプチャーなど動作解析の技術を使いこなせるようになることが求められます。
HPLには例年、数名の大学院生を含め、両学部の学部生を中心に50名前後が参加。その半数は野球やバレーボール、フィギュアスケート、自動車などの体育会に所属し、HPLでの研究を自身のパフォーマンス向上に繋げようとの狙いも込められています。
また、NTTは今年1月、脳科学的な研究アプローチと先進のICTを融合し、勝つための「心」と「技」を支える脳の鍛錬方法について探るスポーツ科学プロジェクトを発足。東京大学と慶應義塾大学の野球部が協力する中で、慶應義塾体育会の副理事も務める加藤准教授は慶大側の取り組みをリード。さらに、今年2月〜6月に開催された21_21
DESIGN SIGHT企画展「アスリート展」には、同准教授が学術的に協力。アートとアスリートを繋ぐ試みも支援しています。
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スポーツ心理学と人間工学的なアプローチにより人間行動を実験的に検証している |
UC-win/Road DSとHPL保有手法との連携で広がる可能性
冒頭で触れたように加藤准教授自身、もともとスポーツを通じた人間の振る舞いを専門としていたところから、HPLで蓄積してきた手法の活用によりクルマの分野へと研究の裾野を発展。その過程で、費用をあまりかけずに出来るだけ現実に近い形のシミュレータ環境を構築したいというニーズが高まってきました。
そこで2、3年前、PC用のレーシング・ゲームをプロジェクターに繋いで簡単なシミュレータとして開発。その際、オリジナルのコースを作成するのは大変で、同ゲームの世界中のユーザーが作成・公開しているデータを利用。そのため、コースもクルマの挙動もレース仕様となり、一般のクルマを前提とするシミュレーションでの制約に直面。実験で使えるシミュレータ環境を実現し、コースも出来るだけ容易に作成可能なモノが模索されました。
ドライバーの分野では自身が学生の頃から他大学の先生らが眼球運動など視覚系の研究で既に実績を重ねていました。そのため、そこには「足を踏み入れられない何かがある」と思っていたところ、「実は細かなところまで分かっていないこともあったりする」実情が次第に浮上。そこへドライビングの研究を志向する学生が参加してきたのを受け、HPLでのドライビングの研究も具体化。さらに、学外との共同研究でドライビング中の人間側に焦点を当てて取り組むことになり、当該分野の研究は本格化する流れとなりました。
2016年10月頃からそうした要件を満たすDSを探し始め、複数のシステムに対しVR空間の作成しやすさやリアリティのある再現性などについての比較検討を経て11月にUC-win/Road
DSを導入。まず、学生が同DSと眼球運動の計測を連携させ、初心者と熟練ドライバーとでカーブ走行時に「何を見ているのか」の違いを実験。VR上でインストラクションを与え、熟練者のノウハウを初心者に学習させることでどのような効果があるかを検証し、12月までに論文を完成しました。その際、従来困難だった新しいコースの作成も、同DSでは比較短時間に予定した実験環境を構築。加えて、従来のプロジェクターと比べ、今回DSで使用した4Kのモニターによるきれいでスムーズな動きの画像を実感した、と同准教授は振り返ります。
同氏らは新たに、自動運転中の人間側にフォーカス。従来の自身らの研究の延長上で「(完全な自動運転の少し手前の段階で)クルマの中で人が何をしているか」「危ないと思った時に人はどういう反応をするか」といった考察を進めつつあります。
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4Kモニターを使用したUC-win/Roadドライブシミュレータ |
同DSはその後、CANデータ取得への対応など機能をアップ。HPLの保有する各種実験機材とのいっそう高度な連携が注目されます。さらに、多様なシナリオの作成や主観的評価手法との連携、デュアル・タスクの設定などを通じた人間の振る舞いの考察など、新たな活用可能性の広がりも期待されます。
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