岩倉病院へは、最寄りの岩倉駅まで名古屋駅から名鉄電車で約15分、岩倉駅からはタクシーで5分。周辺に田畑も残る広大な敷地には通所リハビリテーションや血液透析センターが併設され、療養型病棟、回復期リハビリテーション病棟および急性期一般病棟を配置しています。
病院の南正門は、その自然治癒力に重きを置くスタンスを反映して明るく開放的な雰囲気を形成。ホテルのフロントを思わせる受付をはじめ、行き交う患者の気持ちを前向きにさせるような工夫に満ちたロビー空間が印象的です。
ロビー西側はリハビリテーションセンターのエントランス。センター内は広大なフロアに多数の治療用ベッドがゆったりとレイアウトされ、前述の「運転判断反応評価シミュレータ」をはじめ入浴シミュレータなどの各種機器も機能的に収容されています。
リハビリへの意識改革目指す
「急性期から回復期、維持期にある患者さんを対象に、(自ら提供するリハビリテーション医療を通じ)可能な限り社会に復帰させてあげることが(私たちの)主要な使命になります」
医療保険制度が変遷してくる中で、例えば、大学病院や市民病院などが急性疾患や重症患者の命を救う(急性期病院の)機能を果たすのに対し、回復期リハビリテーションは、急性期を脱して在宅復帰あるいは社会復帰を達成させることに位置づけられます。そのうち、後者を主軸として担っているのがまさに、岩倉病院において自身がリードするリハビリテーション部門、と片岡氏は解説します。
知邑舎内のリハビリテーション関連部門を統括する同氏は、当該分野の課題対応と治療者の教育に注力。具体的には、理学療法士として自ら担当する患者の治療を行うほか、リハビリテーションセンターの若手職員らを中心に治療行為や患者ごとの方針の立て方、その説明手法などについて教育・指導を実施しています。
ただ、リハビリというと、患者が痛みに耐えながら頑張っている姿が一般的にイメージされがちです。とはいえそれは、あくまでドラマ映えするための演出によるもの。患者は治療用ベッドに横たわっているだけで、理学療法士や作業療法士ら治療者が自ら向上させた技術を駆使し、患者の運動機能を改善すべく最善を尽くしているのが本来の姿です。
また同氏は、回復期の運動療法で患者が頑張って、時には毎日休みなく関節や筋肉を動かすことを促す回復期病院が目に付く例に言及。これについて、多少無理をして頑張っても良いのは予備能力に余裕のある健常者の場合であり、予備能力の乏しい回復期の患者ではかえって筋疲労などで弱化をもたらしかねないといいます。「たくさんの薬を飲んだからといって良くなるどころか、副作用で返って悪くなることと同じです。また、単に歩く練習をするなどは病院で行うことではありません」。
こうした本来あるべきリハビリへの考え方を実践し、発信し続けることで、患者や一般の人々の、ともすると誤った意識を改めていくことも自らに課された重要な役割との認識を語ります。
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体幹や足の運動機能が改善し、患者が自宅の風呂に
一人で入ることが可能かどうかチェックするための入浴
シミュレータ |
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屋外リハビリエリアや遠くの景色を眺められる広い開口部 |
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広大なフロアに複数の治療用ベッドをゆったりとレイアウト |
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高次脳機能障害と運転への影響
「運転技術というのは、身体機能に麻痺があったらその状態(を見ること)で何とかクルマの運転を出来るかどうか、だいたい想像はつきます」。ところが、「では(回復期退院後の患者への)運転免許(の再発行)はどうしましょうというと、自動車安全運転センターにも(明確な)基準がないのです」
つまり、従来はそのような患者の手足の機能だけを見て「まあ、大丈夫でしょう」と判断し、運転免許の再発行を申請。その後のことは自己責任に委ねられてきた、と片岡氏は述べます。
その際に問題なのは、病気や事故などにより脳が損傷し、認知機能に障害を生起する高次脳機能障害などがある例です。紙面上でテストをすると良好な結果を示すが、何かがおかしいという状況がうかがわれた場合、「不確かながら、あまり勧められません」と回答するところまでがせいぜいです。
一方で、回復期のリハビリテーションを終える患者が社会復帰するに当たり、クルマの運転が可能と言って良いかどうか、ファジーな領域にあるケースは長年懸案となってきました。「通常、脳にダメージを受けた患者は、発症から1年ほどすると霧が晴れたようだといいます。つまり、何かもやがかかった状態(意識障害)にあり、そのこと自体に気づけない」といいます。加えて、そのような問題を抱えたドライバーによる事故も少なからず起きていることから、自動車教習所や運転免許センターなどでは近年、医師の診断を求める動きも見られます。 とはいえ、医師の診断でも「高次脳機能障害があります」とは言えても、具体的にそれが運転にどのような影響を与えるのかまでは判断できません。その背景には、例えば、それらの障害による運転への影響がどのような時、どういう条件下で著明に現れるのかはっきりと分からないという制約があります。そもそもそのような影響が現れる状況に近い環境を再現できなければ、たとえ様々な注意を伝えてみても本当のところには迫れません。
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運転判断反応評価シミュレータ |
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「こういう世界なのです」。その意味では、路上に出ていない非現実場面でも、出来るだけ脳を騙して患者の状態を見なければならないが、それがなかなか難しい。そこで同氏は、そのソリューションとなり得るシミュレータの導入を目指し、昨年秋から調査を始めました。
シミュレータの構築と今後への期待
同氏らが既存のシミュレータに注目した当初、費用の多寡とともに、ゲームに近いモノからリアルさに欠けるモノ、単にきれいに走行するだけのモノなど多岐に渡るDSの存在を認識。また、類似した目的で既にDSを導入しているという病院も訪ねたところ、ゲームのようなモノに過ぎず、狙いに合致した活用例は見られませんでした。
その上でまず、患者の脳があたかも本当に運転していると錯覚してくれなければ意味がないことから、リアリティのある再現性を追求。次いで、生活道路の端に登下校の子供たちや買い物途中の母親たちがいたり、先行車両が急ブレーキをかけたり、といったドライバーの判断能力や認知機能を見るための多様な条件が設定できるシミュレータを、という具体像が描かれました。
2017年末、片岡氏自らフォーラムエイトのショールームを訪問。UC-win/Road DSをベースに、前述の要件を満たすようなシミュレータの構築が可能との判断から採用を決定。2018年6月、高次脳機能障害をはじめ広く意識障害を持つ患者向けに運転時の反応を評価するための「運転判断反応評価シミュレータ」が開発・導入されるに至っています。
同シミュレータの活用を通じ、例えば、「右上下肢の深部感覚障害や筋持久力、複視の影響はなく、30分程度安全に運転を行えた」「検査中、軽度の脳疲労は認められたが、歩行者等の見落としや反応速度の低下、判断速度の遅延もなく、走行可能であった」といった同病院としての判断の提示が可能になっています。
とはいえ、シミュレータに設定されたイベントは利用開始時に最低限必要なものにとどまっており、今後はシチュエーションや出現するタイミングの多様化など継続的な拡張が必要。そのVR作成をセンター内の職員が業務と兼務しながら対応していけるよう人材育成も図っていきたい、と同氏は語ります。
クルマの運転にしても日常生活にしても、どのような状況の時に患者に何が起きるかを本人はもちろん家族が理解しておくことで、問題が起きる前に注意し、リスクを回避することにも繋がります。また、意識障害が運転時や日常生活に与える影響の程度を知るという部分については、新たなアプローチへの展開可能性にも期待を示します。
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医療法人知邑舎 岩倉病院 リハビリテーション部の皆さん |
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