「お客様から当社の製品だから購入しようと言っていただける部分をつくっていくための、今後の大きなキラー技術がI CT(情報通信技術)だと考えて
います」
造船所として創立以来、120年超(創業からは約140年)。川崎重工業株式会社は、総合重工業メーカーとしてものづくりの高度な技術やノウハウを蓄積するとともに、事業分野を着実に拡充してきました。今日、同社を構成する6カンパニーの一つ、「エネルギー・環境プラントカンパニー」において海の機械に関わる分野を担うのが「舶用推進システム総括部」。その中でエンジンとプロペラを統合する推進システム製品を扱う「システム技術部」では、通信技術やソフトウェアが極めて重要な要素技術に位置づけられます。そのため同部の檜野武憲部長は、今後のICTに対する取り組みではシステム技術部が自らそのリーダーシップを取っていきたい、との戦略を描きます。
今回ご紹介するユーザーは、多岐に渡る事業部門を抱える川崎重工業株式会社にあって、船に搭載する先進の推進システムに携わる「エネルギー・環境プラントカンパニー
舶用推進システム総括部 システム技術部」です。
同部では、推進システム製品の分野で注目されるDPS(Dynamic Positioning System:自動定点保持機能)やハイブリッド推進システムに関する性能の評価・検証、あるいは操作性の体験を支援する可視化やシミュレーションの技術の活用可能性について模索。2016年末、自身らが独自に開発してきたシミュレーションモデル(船舶挙動モデル)と、フォーラムエイトの3次元(3D)リアルタイムVR「UC-win/Road」とを連携し、ハイブリッド推進システムの操船を仮想的に体験するシミュレータの開発に着手。2017年2月にその簡易な初期バージョンが作製され、以降は両者のコラボレーションにより段階的な改良を重ねつつ、2018年春には操作者の動きが反映される現行バージョンのシミュレータが開発されるに至っています。
造船所として創立120年超、広がる裾野とグローバル化
川崎重工業株式会社は1896年、株式会社川崎造船所として神戸に創立されました。その起源はそれより18年前の1878年、東京・築地に開設された川崎築地造船所(約140年前)に遡ることが出来ます。
その後、船舶から蒸気機関車、航空機、橋梁、自動車などの製造へと事業が拡張するとともに、組織を段階的に独立・改編。1939年には業態を反映し現行の社名に変更しています。
第二次大戦後も業容の拡大が続く中、事業部門の分離独立やグループ会社の合併を推進。そうした過程で、2001年には社内カンパニー制も導入されるなど、社会環境や時代のニーズを柔軟に反映した組織の大胆な再編や市場展開を重ねてきました。
同社は現在、東京と神戸の2本社をはじめとする国内外の事業・生産拠点および連結子会社93社に、合わせて3万6千人近い従業員を配置。連結売上高は1兆5千億円超(数字はいずれも2018年3月現在)に上ります。
また、同社の事業を駆動する社内カンパニーは「船舶海洋カンパニー」「車両カンパニー」「航空宇宙システムカンパニー」「エネルギー・環境プラントカンパニー」「モーターサイクル&エンジンカンパニー」「精密機械・ロボットカンパニー」の6組織により構成。そのうち「エネルギー・環境プラントカンパニー」は、各種産業用プラント、エネルギーや環境保全に関係する設備、舶用や陸用のタービンやエンジンなど様々な産業機械を対象にグローバルな事業を行っています。
先進の推進システム製品の普及に力
今回お話を伺った「舶用推進システム総括部 システム技術部」は、エネルギー・環境プラントカンパニーの広範な事業分野の中で舶用機械に特化。舶用エンジンや推進プロペラなど船に搭載する推進機器製品と、DPSやハイブリッド推進システムなどの推進システム製品の大きく2つの製品分野を担当。個々の機器の電気制御、およびそれら機器の統合・システム化を通じた新しい価値の創造に取り組んでいます。
「それぞれのプロペラやエンジン、発電機が最適な運用になっていたとしても、(結果的にそれらを総括して)船全体で見た時に、(最適な機器の集合体が)本当に最適(なシステムとして機能する)かどうかは基本的に分かりません」
これに対し同部推進システム技術課の原田芳輝課長は、初めから「個々の機器を組み合わせ、全体としていかに最適なものを作り上げていくか」との観点に立ち、システムの構築を図ることが自身ら(推進システム技術課)の役割と位置づけます。
同部が現在力を入れている推進システム製品の一つ、DPSは船体の位置と方位を自動で保つように操船(自動操船)する技術。具体的なその適用シーンとして檜野部長は、DPSにより船の位置や方位を保持しつつ(自動定点保持機能)、船に搭載したクレーンなどを使って資源掘削用の設備や風車など様々な構造物を洋上に建設する海洋工事を挙げます。また、船の離着岸に際して船の位置と方位を確実にコントロールする離着岸支援機能としての活用実績も豊富です。さらに、同社の総括操縦装置「KICS」(Kawasaki Integrated Control System)は可変ピッチプロペラや旋回式スラスタ、サイドスラスタ、舵などの操船要素を統合。ジョイスティックと回頭ダイヤルを使って操縦し、各種航法機器と連動させることでDPSや設定航路上を自動航行するルートトラッキングを実現。操船モードに応じて最適な翼角、舵角、回転数を自動決定するため船の能力を最大限引き出し、省力化を図ることも可能といいます。
もう一つの主要な推進システム製品は、ハイブリッド推進システムです。
「船には、船を推進するためのエネルギーと、船内での人の居住や船に搭載した機器の作動のためのエネルギーという、必要な2つの(系統の)エネルギーがあります」
従来はそれぞれ独立した発電機やエンジンなどを備えてエネルギーを供給しており、環境負荷の低減や燃費の向上が課題となっていました。そこで、同社はエンジン、発電機、モーターおよびプロペラなどを組み合わせて総括的にコントロール。それぞれがエネルギーをやり取りすることで船全体のエネルギー消費を最小化(最適化)させるハイブリッド推進システムを開発している、と檜野氏は説明します。
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ハイブリッド推進システム展示ポスター |
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ハイブリッド推進システムのシミュレータを段階的に構築
2016年末、翌年5月の国際海事展「ノルシッピング2017」(ノルウェー)出展に向け、檜野氏らは自社のハイブリッド推進システムについていかに分かりやすくユーザーに伝えるかを模索していました。
「ちょうど私たちのハイブリッド推進システムを(国内外の)市場でアピールし始めたタイミング」で、それまでのような紙のパンフレットを使った説明だけでは制約があり、船のオペレーションをする顧客にとって重要な、その効果がどうかというのはなかなか伝わりません。
やはり、実際にシミュレータを操作してもらい、システムの効果を体感してもらうことが有効だろうと着想。加えて、自社内でのシステム開発過程で事前に検討・検証する際にもそのようなシミュレータの有用性が見込まれたことから、自動車分野のドライビングシミュレータ(DS)などで豊富な実績があり、VRやCGのデザインにおけるカスタマイズのニーズにも柔軟に対応する「UC-win/Road」の活用にフォーカス。最終的には、同社製の制御装置とUC-win/Roadを連携させ、レバーやコントローラーを使いながらVR空間の中でユーザーが操船し、制御装置の信号に基づいて船が動いているような環境を構築したい、との構想が描かれました。
とは言え、いきなりそのレベルまで実現するのは難しいため、最初のステップとして、檜野氏らが開発してきた船舶挙動の簡易なシミュレーションモデルをUC-win/Roadに取り込み、ハイブリッド推進システムの操船イメージをシナリオに沿って再現するVRを2017年2月に作成。まず、一連の取り組みの契機となった「ノルシッピング2017」で展示。この新しい説明手法の臨場感豊かな効果が実感された、と檜野氏は振り返ります。
初期のシミュレーションシステムは、その機能を段階的に向上させつつ、同年にオランダで開催された展示会にも出品。その後、第二ステップとしてシミュレータの操作をVR内の船が反映して動く仕組みの、現行のシステムにグレードアップ。新しいシミュレータは随時改良・機能追加を重ねつつ2017年末の中国を皮切りに、2018年の日本、シンガポール、オランダおよびドイツにおける国際海事展に出品されています。
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舶用推進システム分野の製品例 |
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ハイブリッド推進システムのイメージ |
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一層のリアリティ向上と自動運航船への対応を視野
「私たちのゴールイメージは、クルマの自動運転に匹敵する『自動運航船』への取り組みで川崎重工業としての存在感を出すということです」
そこでカギとなるのが、冒頭でも触れられたICTであり、それには自社製品そのものに搭載される技術はもちろん、システムの性能を可視化したり、事前に評価・検証したりできるシミュレーション技術も含まれる、と檜野氏は説きます。
その意味で、これまでの2年以上にわたるフォーラムエイトとのコラボレーションを通じ、構築してきたシミュレーションの効果やユーザーニーズへの柔軟な対応などを高く評価。その一方で、シミュレーションのリアリティを一層高度化するためには、没入感のあるシステムへの改善、あるいは船の動作に関するより厳密な数式モデルの作成など、自身らの課題をクリアしていく必要があると分析します。
また原田氏は、リアリティを高める上で重要な2つの要素(可視化とシミュレーションの技術)に対し、自社とフォーラムエイトがそれぞれの得意分野でコラボレーションすることの意義に注目。特に、波の表現について丁寧な調査に基づく積極的な提案を受けるなど、印象深いやり取りがあったと明かします。
自動運航船はより複雑で広範囲の要素を含むシステムであり、今後そのシミュレーション技術を開発していくためには、これまで以上に難しい取り組みになる、と檜野氏は見方を示します。
「そこではビジュアライゼーションが非常に重要な技術になると考えており、フォーラムエイトの更なる協力に期待しています」
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